今年の春、東京大学史料編纂所を定年退職した歴史研究者・本郷和人さんが、“第二の人生”を語りました。

【画像】4月から愛知県豊明市の藤田医科大学の特命教授・リベラルアーツセンター長に就任。スーツは「今まで一着もなかったから、慌てて買った」

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YouTuberになる!

 私は何年も前から定年後のことを考えて、あれをやろう、これもやろうと、いろいろなプランを練っていました。

 今のところ、我が“第二の人生”における大きな柱として準備を進めているのは、「YouTuberになる」こと。もちろん冗談ではなく、本気です。


本郷和人さんが「YouTuberになる」と決めた理由は? ©文藝春秋

 悲しいことに、今の歴史学は決して人気のある学問とは言えません。それどころか、お金にならない、地味でダサい学問というレッテルを貼られてしまっています。国からも価値を認められているとは言い難く、毎年の予算を見ても露骨に減らされています。

 本当は、たくさん時間を使って、自分なりに歴史学をもっと深め、極めたい。でも今や、そんなことをしても誰も評価してくれません。一方で、私は歴史学を心から愛していますし、こんなに面白い学問はないと思っています。ならば歴史学の成果や魅力を、社会に届ける仕事をしようと考えて、行き着いたのがYouTubeです。というのも、ここ数年、いくつかYouTubeの番組に出て、視聴者に自分の思いが「届いている」感触があったのです。

 そういった経緯もあって、これからは自分でYouTubeチャンネルを開設して、歴史学と社会を繋ぐ、自称「ヒストリカル・コミュニケーター」として生きていこうと思っています。こういう活動は、史料編纂所にいる時はなかなか大っぴらにできなかったことでしたから、今は凄く楽しみです。

 ちなみに本来の私の肩書きは「歴史学者」でも「歴史家」でもなく、「歴史研究者」です。「歴史学者」は偉そうだし、「歴史家」なんて名乗っていいのは、網野善彦先生クラスだけです。おさまりがいいのは歴史研究者しかない。でも、歴史をひたすら研究するだけでは今後、生活していけませんから、世を忍ぶ仮の姿として「ヒストリカル・コミュニケーター」を名乗ることにした、というわけです。

 実は、最初に「ヒストリカル・コミュニケーター」を名乗った時は半分冗談で、笑いを取りにいったつもりだったんです。ところが「そうなんですか!」と真に受けられてしまって……。もう、後には引けなくなってしまいました(笑)。

 いずれにせよ、YouTuberとしての活動は、いたって本気でやります。今のところ、ユーモアを交えながら歴史を紹介する内容ときわめて真面目に歴史の深淵を案内する方向性の内容の両輪を回していこうと考えています。

藤田医科大学からのオファー

 そして、そんな私の思いと、見事に合致したのが、藤田医科大学からのオファーでした。定年退職して社会に放り出された私を、リベラルアーツセンターのセンター長として迎えてくれたのです。

 愛知県の豊明市にある藤田医大は、医師や看護師、医療技術者を育成する大学です。彼らは、学生たちに人文系のエッセンスを伝えたい、と私に白羽の矢を立ててくれました。その考えは至極真っ当で、理にかなっています。

 以前、私は血栓で足がパンパンに腫れ上がり、入院した経験があります。その時、エコーやCT、MRIといった現代医療が駆使されるのを目の当たりにして、技術の進歩に心底震えました。杉田玄白が解剖を行ってから数百年の間に、日本の医療はここまで来たのかと。私たちが古文書を読むために機械を導入しても、ちっとも読めるようにならないのとは大違いです(笑)。

 しかし同時に、技術がどれほど進歩しようとも、医療が最後に向き合うのは「人間」です。死とは何か。老いとは何か。そういった哲学的な問いと向き合って、人間に寄り添えるお医者さんでなければ、いくらメスさばきが上手くても心細いですよね。だからこそ藤田医大は、医学だけでなく歴史を通じて、人文科学の素養も身につけてもらいたい、と私に声をかけてくれたのです。

※この続きでは、藤田医科大学で配信準備が進められている「ガチの歴史YouTube」の構想を、本郷和人さんが語っています。約7000字の全文は、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」と「文藝春秋」2026年7月号に掲載されています(本郷和人「家康型“第二の人生”を目指します」)。

※本郷和人さんが登場したグラビア「日本の顔」もぜひご覧下さい

■ほんごうかずと 1960年生まれ。東大史料編纂所教授を経て、藤田医大特命教授・リベラルアーツセンター長。専門は日本中世政治史、古文書学。近著に『こわい日本史』(扶桑社)など

(本郷 和人/文藝春秋 2026年7月号)