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夫婦の穏やかな生活を支えるはずだった2,500万円の退職金。しかし、夫が誰にも相談せずに手を出した“投資話”によって、その大金はあっけなく消滅してしまいました。年金生活への不安につけ込まれ、老後資金を根こそぎ奪われてしまった夫婦の事例から、弁護士の山村暢彦氏が投資詐欺の実態について解説します。

記帳された残高は「¥43,210」…消えた退職金2,500万円

ある日の午後、ユミさん(仮名・63歳)は近所の銀行で通帳を記帳していました。2ヵ月に一度の年金が振り込まれているか確認するためです。

夫のテツオさん(仮名・67歳)が定年退職したのは2年前。その際の退職金約2,500万円は、この口座に入ったままのはずでした。マイホームのローンは完済し、テツオさんの年金は月20万円ほど。夫婦2人で慎ましく暮らすには困らない状況です。

ところが、記帳を終えて出てきた通帳を見て、ユミさんは絶句しました。

2,500万円あるはずが、記載されていたのは「¥43,210」。履歴を見ると、不自然な数百万円単位の引き出しが幾度も繰り返されていました。

「年金以外にも収入源がほしくて…」夫のカミングアウト

帰宅したユミさんは、夫を見かけると無言で通帳を開き、テーブルに置きました。テツオさんはしばらく沈黙を貫きましたが、やがてようやくその重い口を開きました。

「年金以外にも収入源がほしくて、増やそうとしたんだ……」

テツオさんは退職後、SNSで見かけた「著名な投資家」を名乗る人物の広告がきっかけで、LINE投資グループに参加したのだそうです。

最初は数万円の利益が出てすっかり信じ込んでしまい、そのあとは「さらに儲かる」「出金するには手数料が必要」「いまやめると損をする」と巧みに誘導されるがまま、退職金を次々と指定された口座へ振り込んでしまったといいます。

戻ってくる見込みのない退職金…夫婦が直面した「老後破綻」の現実

早い段階で妻に相談すればよかったのですが、テツオさんはたった一人で見ず知らずの相手に大金を渡し続けていたのです。ユミさんは激しい怒りと同時に、これからどう生きていけばいいのかという不安で頭が真っ白になりました。

現在、夫婦は警察に被害届を出していますが、詐欺グループからお金が戻ってくる見込みはほとんどありません。

「まさかこんなことになるなんて……。夫のお金の使い道を、もっとこまめに気にしておくべきでした」

現在、テツオさんは深夜の警備員として働き始め、ユミさんもスーパーのパートに出るようになりました。安泰なはずだった老後は一転し、失った2,500万円の代償と将来への不安を抱えながら、2人は黙々と働き続ける日々を送っています。

弁護士が警鐘】老後不安を煽るシニアの投資詐欺

本件でまず押さえておきたいのは、SNS上の投資話における「最初だけ利益が出る」「出金には手数料が必要」「いまやめると損をする」といった言い回しは、投資詐欺で非常によくみられる典型的な誘導パターンだということです。

いわゆるポンジスキーム※や振込型の投資詐欺、不動産投資を装った詐欺的勧誘は近年増加しており、なかでも定年後などの高齢者がターゲットにされやすい傾向があります。実際、高齢者の方から相談を受けることも多いです。

※ポンジスキーム……実際には利益が出ていないにもかかわらず、あとから参加した人のお金を、先に参加した人への配当のように見せかけて支払う投資詐欺の一種。

特に退職金や老後資金は、「もう一度大きく稼ぎたい」「年金だけでは不安」という心理につけ込まれやすい資金です。SNSLINEで知り合った相手から、「著名投資家が教えている」「限定グループだけの情報」「出金には追加手数料が必要」などといわれた場合、かなり危険なサインと考えるべきです。

法的には、詐欺であれば加害者に対して返還請求や損害賠償請求を行う余地はあります。しかし実務上は、相手方の所在が不明、口座名義人が実行犯ではない、資金がすでに移転されているなどの事情により、被害金の回収は困難なケースが少なくありません。

警察への相談、被害届、振込先口座の凍結要請などは速やかに行うべきですが、「法的に請求できること」と「実際に回収できること」は別問題です。

したがって、被害後の対応よりも、被害前にいかに予防するかが重要です。高額の退職金や老後資金については、夫婦の一方だけで運用判断をしない、数十万円を超える投資や送金は必ず家族に共有する、SNSLINEだけで完結する投資話には乗らない、といったルールを決めておくべきでしょう。

老後資金は一度失うと、取り戻すことが非常に難しい資産です。だからこそ、「増やす」前に「守る」仕組みを家庭内で作ることが望ましいといえます。

山村暢彦
弁護士法人山村法律事務所
代表弁護士