利用旅客数世界屈指の大空港・羽田。

そこには、行き交う人の数だけ、ドラマがある。

日常と非日常。出会いと別れ。

胸を締め付けるほどの期待と、心がちぎれるほどの後悔と。

想いは交差し、今日もここで「誰かの人生」の風向きが、ほんの少しだけ変わるのだ。

これは、羽田空港を舞台に繰り広げられる、様々な男女のオムニバスストーリー。

これまで登場したのはグランドスタッフの山田芽衣とパイロット訓練生の神崎賢人。

さて今回は、あの「空の花形職業」の女、美琴の物語。




「で、端からプロ野球選手、2世プリンス、銀座ビル持ち、パチンコチェーン経営ね。俺たちヨットクラブの仲間でさ。有名な超美人CAの皆さんとお食事会っていうから俺も気合いいれてメンバー揃えたんだよ」

「わああ、嬉しい!お店もこんな素敵な個室を予約いただいてありがとうございます。皆さんくらい有名人だと、やっぱり個室がマストなんですね」

金曜日の20時。『春秋 溜池山王』で、フライトの合間をぬって今週2回目のお食事会スタート。

今期ドラマの主演女優に似ていると評判の、親友エミリが今日の幹事だ。彼女のお食事会はいつも「間違いない」から、気合いを入れなおして、さもCAらしく微笑んだ。

「じゃあ紹介しますね。こちらが美琴ちゃん。うちのエアラインでも有名な美人で、プレス発表でメディアにも出てるからご存知かも。今年のCAカレンダーにもモデルとして載ってます」

「はじめまして、相本美琴です。こんなに素敵な男性に囲まれて緊張しています。よろしくお願いいたします」

はにかみながらにっこり笑うと、5人の男が息をのむのがわかった。ハイレベルで強気な港区女子に慣れきっている男性は、見た目がキレイなのに普通のOLのように謙虚で優しいっていうギャップに弱い。

今日こそ。

今日こそ、キラキラでハイスぺな彼氏を作る。

私には追い詰められた、のっぴきならない『事情』があるのだ。


希代の美人CAが、ハイスぺ男子を探し求める切実な理由とは?


不吉な理由


「美琴さん、今日もかっさらってましたね〜。あの二世君、クセがなくて一番優良物件じゃないですか?なんていったって究極の御曹司!美琴さんのことばっかり見てたけど、興味なかったら私行きます!」

帰りのタクシーの中で、これまた朝ドラ女優にちょっと似ている後輩の由美ちゃんが、興奮気味にまくしたてる。

「え〜、あのもやしみたいな人?なんか覇気がないし、どこをどう見たら男に見えるの…」

がっくりとうなだれた私に、由美ちゃんが喝を入れる。

「そんなこと言って!27歳の今年、その美貌を活かして女の最高値で勝負を決めて玉の輿に乗るって、言ってたじゃないですか。本気なら今日のどなたも申し分なしですよ、もう半年しかないのに悠長に構えてる場合ですかっ」

「そ、そうだよね。そうだった!ちょっと今日の皆さんにLINE返信する」

我に返ってスマホを取り出すと、横から由美ちゃんがにゅっと画面をのぞき込む。

「うわっ、解散して10分なのに、もう5人全員からメッセージ来てる。さすが美琴さん。…あれ?…『三上 透』?確かこの前の羽田交流飲み会にいたうちの整備士ですよね。先輩まだつながってるんですか?あの会、チーフの顔を立てて行ったけど大ハズレでしたよね…」

ギクッとして、あわててスマホを伏せる。

「や、やあね、そんなわけないでしょ。整備士さんはカッコいいけど、玉の輿を狙う身としては、彼って子会社の専門卒サラリーマンだし、なしなし。これは、ちょっと…飛行機のこと聞きたくて質問したの」

何でもない風を装いつつ、でも急いで『三上 透』からの新着メッセージを確認する。

「…由美ちゃん、私、ちょっと駅前のコンビニに行きたいから先に降りるね。お疲れ様」

「え!?ちょっと美琴さん?」

タクシーを駅前で降りると、由美ちゃんに手を振り、見えなくなったところで7センチヒールのジュゼッペでダッシュした。




「あ、美琴さん、お疲れさまです。また帰りのタイミング合うなんて偶然ですね、念のためLINE入れてよかった」

「うん、そう、たまたまお店の前通ったとき、三上君からのLINEに気が付いたの」

言い訳がましい私のセリフを意に介さず、三上透は追加の羽根つき餃子と私のビールをオーダーした。

―この気合いの入った服や靴を見て、フライト帰りだと思うなんて、ほんとに女性の服装に興味がないんだわ…。

だいたいこの私を呼び出しておいて、蒲田で餃子やさんって。いやほんとは餃子大好きだけど。

「美琴さんが京急沿線に住んでるってきいて最初は驚いたけど、ご近所でこうやって仕事帰りに気軽にごはん行けて便利ですね。はい、ビール。お疲れ様です、乾杯!」

「乾杯…」

ジョッキになみなみと注がれたビールを、やけっぱちな気分で飲むと、あまりのおいしさと解放感にうっかりため息がでた。さっきまでキラキラお食事会で、猫をかぶりながらオシャレな個室で高価なワインやご馳走をいただいていたのがウソみたいだ。

首に巻いていた春の新作ジョンストンズをそそくさと外し、横に流していたCAの命、黒いツヤ髪を餃子が食べやすいように後ろで結びながら、のほほんとした彼の眼鏡顔を盗み見た。

三上透。31歳の一等航空整備士。航空整備の専門学校を出てから整備会社に入った筋金入りの航空機オタク。

襟つきのポロシャツを重ねて着て襟ダブル、オシャレでもなんでもない銀ブチ眼鏡に、なんかジャンパーとしか言いようのない服、という壊滅的な服装センス。

どこからどう見ても、絶賛ハイクラス婚活中の私が貴重な金曜夜を一緒に過ごすような相手じゃない。

ない、のに。

「はい、美琴さん、餃子。ハネのおいしいとこいっぱいあげます。僕が先に頼んでたやつもすごく美味しいから食べて。1個残しておきました!」

「うん、ありがとう…すごくおいしい」

三上透は、デートのマナーもへったくれもないけど、こんな風に素直にちょっとした優しさを向けてくれる。

困ったことに彼に何の気なしに誘われると、私は100発100中で来てしまうのだ。

そして自分でも認めたくないその不吉な理由を、私はまだ、認められないでいた。


どうなる、超絶美人CA美琴の華麗な人生計画?


"やまとなでしこ"計画の破綻


「え!? 休みに誘われた? あのジムでよく会う女の子に?」

蒲田の駅からほど近いジムの帰り道。休日の午後、アイスティを飲みながらすっぴんサングラスで歩いていた私は、思わず立ち止まって三上透を見た。

私たちはともにブラジリアン柔術が趣味で、同じジムに通っていた。もっとも私はスタイル維持とストレス発散が目的、三上透は本格的に鍛えていて試合にも出ており、レベルが違ったけれど。

彼はほぼ毎日通っているので、ジムに行けば遭遇率はかなりのものだ。言っておくが私は決してそれが目当てで通っているわけじゃない。

「はい、前に僕がやっぱりリドリー・スコットの初代『エイリアン』が好きだって言ったら、顔なじみの映画バーの大きなスクリーンで上映会があるからって。ご親切なことです」

「ご、ご親切って、行くの? 映画バーに? 女の子と? それってデートじゃない?」

私が思わず突っ込むと、三上透は、きょとんとしてから「いえ、エイリアンですからデートなんかではありません」と生真面目に答えた。

いや、問題はそこじゃないから。

「み、三上君て、いつもはどんなデートしてるの…?」

平静を装って聞いてみると、彼はこれまた何でもないことのように言う。

「いえ、僕は女の人と付き合ったことないんで、デートとかありません」

「そ、そっか…」

何とも言えない複雑な気持ちで、私は手にしたオーガニックアイスティをちゅるちゅると飲み込んだ。



「美琴さん? ぼんやりしてる? ロングフライトでお疲れかな?」

羽田の国際線ターミナルのバー『テイルウィンド』でフライト後に待ち合わせた今日のデートの相手は、この前のお食事会で会った御曹司だ。

「あ、ごめんなさい、時差ぼけでちょっとぼんやりしちゃって。車で空港まで迎えにきていただいて、ありがとうございます」

「美琴ちゃんみたいなきれいな子とドライブできるなんて嬉しいよ。ちょうど昨日新しい車がきたんだ。助手席第一号はキミさ。とっても珍しい色だし、内装も凝ったんだよ」

ちんぷんかんぷんな外車の話に、感じよく相槌を打ちながら、頭の中は三上透とよく知らない女の子の「エイリアンデート」のことで頭がいっぱいだった。

羨ましい。私だってエイリアンが見たい。

三上透と、一緒に。




…ああ、御曹司、きっと年収億で、実家も唸るほどお金があるんだろうな。しかも結構イイ人だな。浮気はまあするだろうけど、普通の女の子じゃ到底叶えられないような裕福な暮らしができるかも。

CAになったのだって、玉の輿にのるチャンスがいっぱいあるから。家族仲はいいけど、お金がなくて苦労した私の子供時代みたいな暮らしを、自分の子供には味わわせたくなかった。

でもしょうがない。

私が好きになっちゃったのは、あの人なんだ。

とんちんかんで、ダサくて、女の扱いをわかってなくて、そもそも私のことをまだなんとも思ってなくて。

でも一緒にいると、何故だかホッとしてしまう、あの人。

「あのっ…本当にごめんなさい!」

御曹司さんにお詫びをして、バーのお会計を二人分置くと、私は店を飛び出した。

初めて、三上透に電話をかける。

よく考えたら、私たちはLINEばかりでまだ電話さえしたことがなかった。電話なんかをするよりも、近所のジムや居酒屋で気楽に笑い合いたかったから。

「もしもし?美琴さん?どうした?なんかあった?」

焦った調子の三上透。きっと私が何か困って電話をしてきたと思ってる。彼には思いもよらないのだ、女の子からの電話が、デートの誘いだなんて。

「もしもし、三上君。あのね―」

自分からデートに誘うなんて、生まれて初めてだと、ちょっと震える自分の声をききながら、気が付いた。

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次回、女ゴコロに疎い整備士・三上透の思考回路が明かされる!