「助けられずごめん」倒壊した自宅で祖母が死亡 「生きているうちに駆けつけたのに」孫が語る無念【令和8年熊本地震】

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8月3日、熊本市は観測史上初めて酷暑日となる40.3度を観測し、被災地は命に関わる災害級の暑さとなっています。

熊本地震から7日目。
熊本県は災害との関連調査中も含め、死者が38人になったと発表しています。

震度7を観測し、多くの住宅が倒壊した熊本・氷川町では、がれきに加え、家の中にあった家財道具などが庭に運び出されていました。

この家に住む齊藤絹子さん(91)が倒壊した自宅のがれきの下から救出されましたが、その後、死亡しました。

当時の状況について、孫の修治さん(43)は「けがはしてないのって聞くと『いや大丈夫』と答えてはくれてたんで、声かけても返事とかはあったんですよ」と話します。

孫の修治さんが到着した時には、がれきの隙間から祖母の絹子さんとの「大丈夫」という言葉のやり取りができる状況でした。

孫・斉藤修治さん(43):
(祖母がいたのは)この上に、ちょうど隙間があったところに。これが2階なんですよ。2階と1階の中間。

ペットボトルの水をストローで飲ませようとしましたが、「あと少しで届くっていうところで、ストローがうまく口元までいかなくて届かなかった」といいます。

その後、消防隊員など救助隊が到着し、壁などを壊して救出を試みましたが、日没とともに救助活動が中断し、孫の修治さんはライトを取りに離れました。

孫・斉藤修治さん(43):
重機を入れないと無理かなという話になって、いったん作業はおしまいという感じに。

戻ってきた時には、状況が急変。
祖母の絹子さんからの返事がありませんでした。

祖母を震災で亡くした 孫・斎藤修治さん(43):
帰ってきて結構大きな声で「ばあちゃん」って叫んだけど全然反応がなかった。

翌日、警察などの応援で救出しましたが、死亡が確認されました。

幼いころ、両親の代わりに自転車の後ろに乗せてもらい、買い物に一緒に行った祖母。

祖母を震災で亡くした 孫・斎藤修治さん(43):
生きてる時に私たちがちゃんと駆けつけられたのにも関わらず、助け出すことができなくて本当ごめんねということを伝えたい。