海外から見た日本の「レンタル友達」とは? オーストリアの映画監督が描く“自分を演じる”ことと“他人を演じる”こと

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一緒にカラオケをしてほしい、仕事の愚痴を聞いてほしい、結婚式のスピーチをしてほしい。世の中には様々な「してほしい」ことが存在するが、人を借りることで叶えようというのが「レンタル友達」だ。

日本では友達、恋人、ときには母親までレンタルできるサービスが存在している。一時間500円で利用できるものまである。

海外からは奇妙で未来的に映るレンタル友達文化

このようなレンタルビジネスは海外ではかなり奇妙で未来的な文化に映るようだ。実際、訪日外国人や海外の旅行系インフルエンサーが、日本でレンタル彼女を体験し、その様子をSNSに投稿する例も見られる。

その存在に強く興味を持った一人が、オーストリア出身の映画監督ベルンハルト・ウェンガーさんだった。

日本の「レンタル友達」サービスに着想を得たオーストリア映画『PEACOCK/ピーコック』が、7月24日から関東・関西を皮切りに順次全国公開される。ウェンガー監督は日本を訪れ、友達代行サービスの実態を取材。その経験をもとに、誰かの友人や恋人、息子として日々さまざまな役を演じる主人公を描いた。

一見すると、日本の少し変わったサービスを題材にした映画のようにも見えるが、ウェンガー監督が注目したのは「人をレンタルする」という珍しさそのものではない。

他人の期待に応えるために、自分ではない誰かを演じ続けたことで、本当の自分が分からなくなっていくという、現代社会に普遍的な問題をダークコメディ映画として描いた。

ウェンガー監督が初めて日本のレンタルサービスを知ったのは2014年ごろ。『ニューヨーカー』誌で日本のレンタル友達についての記事を読んだことがきっかけだ。ヨーロッパにも家の修理などを請け負う便利屋はあるが、話し相手や恋人、家族のような心理的な役割を担うサービスは一般的ではない。

「西洋社会には全くないコンセプトであり、実生活で人をレンタルして何かを演じてもらうなんて想像ができなかった」

監督にとって、それは未来的で、どこか非現実的なサービスに映ったという。

寂しさの解消から自己演出へ、変化するレンタルサービスの役割

日本では、友達や彼女のレンタルをはじめ、「おっさんレンタル」「レンタルなんもしない人」など、さまざまな代行・代理サービスが知られている。もともとは、話し相手や、食事の付き添いなど、孤独を和らげる目的で利用されることが多かった。

しかし依頼内容は、それだけにとどまらない。ある代行サービスの依頼例には、「取引先に、クレームを受けた商品の回収と謝罪に行ってほしい」「GW中の話題作りのため、一緒にゴルフ場へ行って写真を撮ってほしい」といったものまである。孤独を埋めるだけでなく、嘘をついたり自分をよく見せたりするために、人がレンタルされることもあるようだ。

レンタル友達を取材して見えた“演じる側”の現実

ウェンガー監督は2018年、日本で実際にレンタル友達の代理店で働く人たちを取材した。代理店の運営方法や依頼者の特徴、働く人たちの意識を聞く中で、監督の関心は依頼者だけでなく、演じる側へと向かっていく。

誰かの理想を叶えるレンタル友達もまた、本来の自分ではない他人の人格を演じる存在だ。映画では、教養ある恋人役、トラブルを助けるヒーロー役、完璧な息子役など、依頼者の求める役を主人公がスマートに演じ分ける姿が、ダークユーモアを交えて描かれている。

ウェンガー監督はレンタル友達の仕事は、俳優の演技とも異なる点を指摘した。舞台や映画であれば、演技の始まりと終わりがあり、幕が下りれば役から離れることができる。しかしレンタル友達の場合、演技の場は日常生活、演じていることが周囲にばれてはいけない。気を抜いて役柄を壊せば、依頼者に問題が生じることもある。

特に、パートナーや父親、息子といった近しい関係の役を依頼された場合、感情的に深く入り込み過ぎてしまうものだ。仕事中は何も感じないようなるべく感情を閉ざしているうちに、本物の家族にも心を開けなくなってしまうなど、仕事とプライベートをうまく切り替えられずに悩む人もいるという。

『PEACOCK/ピーコック』で描かれる主人公は求められる人物になりきるうちに、少しずつ自分が何者なのか分からなくなっていく。

他人からどう見られるかを意識し、期待される役割を演じることは、誰もが日常の中で経験していることだ。キャラという言葉が存在するように、職場や家族、友人との関係の中で、わたしたちは少しずつ別の顔を使い分けている。

「本当の自分」とは何かを問うダークコメディ

ウェンガー監督がレンタル友達から見出したのは、「人はどこまで社会の中で自分を演じ、本来の自分を失っていくのか」という普遍的な問いだった。

最後に監督は「観客にはもちろん笑ってほしいが、同時に自分の見せ方ばかりを気にするのではなく、自分にとって本当に重要なことをもっと大切にすべきだと考え直す機会を提供できたらいい」と作品に願いをこめた。

(執筆:FNNロンドン支局 長谷部千佳)