「鬼龍院花子の生涯」(1982年)夏目雅子

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 小説が原作の映画は世界各国で制作されているが、同じ作家の作品が次々と映画化され、作家名がジャンル化している国はそう多くない。特に日本はこの傾向が強く、昭和ミステリー作家の大御所陣をはじめ、近年もジャンル化する作家は増加中だ。今回はそのなかでも、遊郭・侠客・愛憎・歴史をテーマにした作品で知られる宮尾登美子さんに注目。鮮烈な印象を残した五社英雄監督作など5本を、映画解説者の稲森浩介氏が紹介する。

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夏目雅子の美しさ

〇「鬼龍院花子の生涯」(1982年)

 宮尾登美子の故郷である土佐の侠客社会を下敷きに、家父長制の下で抑圧される女性の生きる姿を五社英雄監督が映画化した。

「鬼龍院花子の生涯」(1982年)夏目雅子

 貧困家庭で育った松恵(夏目雅子)は、土佐の侠客「鬼政」こと鬼龍院政五郎(仲代達矢)の養女となる。冷たい性格の妻・歌(岩下志麻)からは辛くあたられるが、勉学に勤しみ小学校の教師となった。やがて、労働運動家・田辺(山本圭)に惹かれ一緒になる。

「あては鬼政の娘じゃき。なめたらいかんぜよ!」――喪服姿でこう啖呵を切る夏目の映像を見たことがある人は多いだろう。ここだけ観ると松恵は侠客一家の荒々しい女性のようだが、これは亡くなった田辺の分骨を拒否されて思わず出てきた言葉だ。

 普段は物静かな女性だけに、大きな感情を発露するこの場面は強烈な印象を残す。しかし流行語にもなったこのセリフは原作にはない。宮尾は「なめたらいかんぜよの宮尾さん」とずっと誤解されていたという(「別冊文藝春秋」2002年7月号)。実際は、五社監督が現場での口立てで夏目に言わせたらしい(日下部五朗『シネマの極道 映画プロデューサー一代』新潮社)。

 ドラマで注目されていた夏目は、本作でたちまちスター女優に。以降、「魚影の群れ」(1983年)や「瀬戸内少年野球団」(1984年)など今でも語り継がれる作品に出演したが、1985年、27歳で早逝。前年に作家の伊集院静と結婚したばかりだった。本作を見直してつくづくその美しさに感嘆するとともに、後の女優・夏目雅子を見たかったと思う。

女優2人の壮絶な乱闘シーン

〇「陽暉楼」(1983年)

 西日本一を誇る土佐の料亭・陽暉楼を舞台に、そこでくり広げられる様々な人間模様を描く。再び五社英雄監督がメガホンをとった。

「芸妓娼妓紹介業」の勝造(緒形拳)は、貧しい家の娘を斡旋する女衒だ。勝造と女義太夫・呂鶴(池上季実子)との間に生まれた桃若(池上季実子=二役)は、陽暉楼で売れっ子芸妓になっていた。勝造の愛人・珠子(浅野温子)は、呂鶴と桃若への敵対心から陽暉楼の芸妓になろうとしていた。女たちの愛憎と地元経済界の勢力争いが絡む、テンポの速い展開に目が離せない。

 勝造役は仲代達矢が予定されていたが、黒澤明監督「乱」(1985年)の主役が決まったため出演できなくなる(春日太一『鬼才 五社英雄の生涯』文春新書)。そこで起用されたのが緒形拳だ。「鬼畜」(1978年)や「復讐するは我にあり」(1979年)で見せた冷徹さをここでも発揮し、その圧倒的な存在感で作品に重厚さをもたらした。

 そして本作で大きな話題となったのが、女たちの乱闘シーンだ。池上と浅野がダンスホールのトイレで、転げ回り髪の毛を引っ張りあう壮絶さは息をのむ。五社監督は撮影前に「どちらが主役かはできあがった映画が決めてくれる」「口をきいちゃいけない」と、お互いの感情を煽りこのシーンを撮ったという(『鬼才 五社英雄の生涯』)。

「鬼龍院」で夏目雅子がスターになったことで、女優たちは五社作品への出演を熱望した。そして「陽暉楼」は、侠客の世界を描きながらも、女性客から大きな支持を得たという。女性たちの困難な人生を描く宮尾の原作と、五社のほとばしる情念が融合した幸福な結果だろう。

宮尾の自伝的作品

〇「櫂」(1985年)

 宮尾の出世作であり、これまで語らずにいた生家の「芸妓娼妓紹介業」を取り上げ、太宰治賞を受賞。不遇だった時期を脱し大作家への道を歩むきっかけとなる作品だ。五社英雄監督が宮尾作品の中では最も撮りたかったという作品で、3部作の掉尾を飾る。

 土佐の遊郭で女衒をしている富田岩伍(緒形拳)は、女義太夫(真行寺君枝)との間に生まれた綾子(高橋かほり)を妻の喜和(十朱幸代)に預ける。最初は拒否していた喜和だったが、しだいに我が子以上の愛情を注ぐようになる。

 喜和は自分の尺度だけで生きる夫に愛想をつかし家を出る。これまでの男社会の論理に翻弄される女ではなく、自らで道を切り開いていく女性が描かれる。血の繋がっていない綾子を実の子のように可愛がる姿は慈母のようだ。演じた十朱はこれが代表作となる。

 綾子は宮尾自身をモデルにしている。この後、「春燈」「朱夏」「仁淀川」と続き、宮尾が作家になるまでの道のりが書かれた。宮尾自身は育ての母を後年まで慕い続けたという。この作品が書かれた背景や実際の親子関係などは、林真理子の『綴る女 評伝・宮尾登美子』(中公文庫)に詳しいので、興味のある方は一読をおすすめしたい。

 本作には宮尾が出演していてセリフもある。なかなかの役者ぶりなので、どの場面か探してみるのも面白いだろう。

姉妹の愛憎劇

〇「夜汽車」(1987年)

 土佐の裏社会の抗争を背景に、姉妹が同じ男を好きになってしまう愛憎を描いている。

 昭和10年、芸妓として各地を転々としていた露子(十朱幸代)は、16年ぶりに故郷の高知に夜汽車で帰ってきた。そして美しく成長した妹・里子(秋吉久美子)と再会する。やがて山海楼で働き始めた露子は、田村征彦(萩原健一)と愛し合うが、征彦はやくざ一家・田村組の息子だった。しかしあるきっかけで、里子と征彦が男女の仲になってしまい……。

 十朱は「櫂」に続いてのヒロイン役だが、今作では困難な状況を1人で生き抜く勝ち気な芸妓を演じている。十朱は「櫂」の喜和のような薄幸で耐える女性が似合うような気がするが、恋人を取った妹を憎みきれない複雑な心理を巧みに演じている。

 ここで注目したいのは秋吉久美子と萩原健一だ。この2人が川沿いを着物姿で歩くシーンは、まるで一幅の絵画のように美しい。そして、庭で征彦が里子の髪を洗い、里子が征彦の髭を剃刀で剃るところなど、古き良き時代を感じさせる場面はぜひ観てほしい。

 1970年代、秋吉と萩原は「しらけ世代」「三無主義」と呼ばれた若者たちのアイコン的存在で、演じる役の鮮烈さから熱狂的なファンが多くいた。80年代になると2人は役の幅を広げ、秋吉は「異人たちの夏」(1988年)で母親役を、萩原は「竜馬を斬った男」(1987年)で幕士を演じ、俳優として新たな道を歩む。2人のファンだった60代の方にはお薦めの作品だ。

アイドル南野が挑む芸妓

〇「寒椿」(1992年)

 宮尾登美子の原作は、売られてきた4人の娘たちが荒波に飲み込まれる運命をオムニバスで描いたものだ。映画は1人の娘と周辺の人間模様を中心に描かれる。

 昭和2年、21歳の貞子(南野陽子)は女衒の岩伍(西田敏行)に買われ、高知の妓楼「陽暉楼」へ身売りされる。牡丹と名乗り、その美貌からたちまち1番の売れっ子芸妓となる。その牡丹に心を奪われた力士上がりのヤクザ仁王山(高嶋政伸)は、牡丹をさらって行方不明になる事件を起こす。

 誰もが褒めそやす美しい牡丹を中心に、地元の選挙戦やヤクザの抗争が起き、岩伍は巻き込まれていく。岩伍役の西田はこの頃「釣りバカ日記」シリーズの“浜ちゃん”役や夜間中学の教師を演じる「学校」シリーズの教師役も好評だった。一転、ヤクザと対峙する女衒という全く違う役に挑戦している。

 そしてなんと言っても南野の芸妓役だろう。南野は、ドラマ「スケバン刑事II 少女鉄仮面伝説」(1985年-86年)で人気が沸騰し、歌手としてもヒットを飛ばし続け80年代後半のトップアイドルだった。90年代に入ると女優業に重きをおき、本作で初めての大胆シーンで世間を大きく騒がせた。同年公開のエイズに感染した女性が妊娠するという「私を抱いてそしてキスして」にも主演して、「寒椿」と合わせて日本アカデミー賞優秀主演女優賞を受賞した。

 トップアイドルだった南野の演じる、脆く儚げな芸妓姿をぜひ観てほしい。

稲森浩介(いなもり・こうすけ)
映画解説者。出版社勤務時代は映画雑誌などを編集

デイリー新潮編集部