ひふみん「人生の局面を打開する最善手」
■ひふみん「直感で素早く決めることが大切」
「名言」はいつ生まれるのだろう。
ひとりの人間が、ずっと生きてきた、その軌跡の中からにじみ出る言葉は、時に人の心を打つ。たくさんの経験に裏付けられた短い言葉の中に、凝縮された「叡智」がある。
2017年6月に現役を引退した将棋棋士の加藤一二三さんとお話しする機会があった。大学の講堂で、公開の対談をさせていただいたのである。
加藤一二三さんと言えば、若いときの卓越した成績により「神武以来の天才」と呼ばれ、名人などのさまざまなタイトルを獲得し、多くの記録をつくられた方。
最近では、「ひふみん」の愛称で、テレビ番組などでも活躍され、そのお人柄が親しまれている。
以下、敬愛の念を込めて、加藤一二三さんを「ひふみん」と呼ばせていただく。
会場内にいた中学生が、最近、将棋が好きになってやっていると言った。ひふみんとのやりとりがあったのだが、その中学生が、「一手を長く考えることがある」と言ったら、即座に「それはダメだ」とひふみんが返した。
「初心者のときは、むしろテンポよく早く指さないといけない。そもそも、そんなに長く考えていたら、友達がいなくなります」
会場は大爆笑。ひふみんは続けて、初心者の頃は、とにかく直感でたくさんの将棋を指すことが大切だとアドバイスした。
タイトル戦などでは何時間も考えることがあったひふみんだが、早指し将棋もお得意。じっくり考える一方で、直感で素早く決めることの大切さも強調した。さすがの一言だと思った。
■「リスクが高い手」でないと逆転されてしまう
さまざまな「名言」が飛び出したひふみんとの対談だったが、私が一番「凄い」と思ったのは、次の一言である。「将棋においては、最もいい手は、リスクが高い手なのです」
ひふみんによると、将棋は本当にぎりぎりのところでのせめぎ合いで、リスクを取らないと局面が打開できないし、勝利することもできない。だから、リスクを取り続けることが大切だというのである。
自分が有利だからといって、リスクを恐れて「守り」に入ると、いつの間にか盛り返されて逆転されてしまうこともあるのだという。
「だから、勇気を持って、常にリスクが高いけれども最善の手を指し続ける必要があるのです」
ひふみんの名言は、将棋だけでなく、人生全体に通じることだろう。
時代は常に動いている。私たちの人生も、ステージが次々と変わる。
守りに入ってしまうと、最善の生き方をしているとはいえない。とりわけ、人工知能や自動運転、仮想通貨など、時代を一新させるテクノロジーが次々と登場している「シンギュラリティー」の時代には、ある程度のリスクを取らないと最善とはいえない。
むろん、闇雲にリスクを取ればいいというわけではない。環境を読み、データを集め、批判的思考をして、論理的に考える。さらには自分が求めているものは何か、感情の奥底を見つめる。
そのような「総合力」があってこそ、初めてリスクの高い最善手がわかる。
ひふみんは、まさに、将棋という舞台で、常に「最善手」を探してきた。全身全霊で。
名言には人生が表れる。ひふみんの叡智に触れたよろこびが、会場を満たした。
(脳科学者 茂木 健一郎 写真=AFLO)