宇野昌磨がアイスショーで見せた競技者と表現者の2つの顔 本田真凜とのアイスダンスとソロでの演技の両立

『Ice Brave-A TURNING SEASON-』に出演した宇野昌磨と本田真凜 photo by Toru Yaguchi © Ice Brave Executive Committee
7月31日、愛知県長久手市。外は太陽が猛り狂ったような酷暑で、リンク内とは20度近く温度差があった。会場に集まったファンは、冷気が立ち込める氷の前で上着を着こんでいた。
アイスショー『Ice Brave-A TURNING SEASON-』初演は、開演時間が少し押しているようだった。満員の観客の間に「そろそろかな」とそわそわしたような空気が流れる。その刹那、バックヤードから大きな掛け声が会場にも響き渡った。それを合図に、「いよいよ始まる!」という期待感が一気に立ち込めた。
そして赤や青のライトが激しく明滅する中、宇野昌磨(28歳、トヨタ自動車)はシルバーのジャケットに黒のパンツという衣装で躍り出た。シルエットだけでも、彼とわかるほど作り上げてきたスケーティングの形があって、それは誰にも真似できない。低い重心で、腰、背中、首、腕、足、そして指先まで神経が行き渡った滑りだ。
会場のファンがペンライトを振って、宇野に全力で歓声を送る。声を出すというよりは、声が出ていた。「おかえり」なのか、「ただいま」なのか、「来ちゃったよ」なのか。ひとりひとりがサインを送っていた。
その中心で颯爽と滑る宇野を囲むように他のキャストも舞い踊り、全体でひとつの絵を作り出した。
「去年、この名古屋で初演をさせてもらい、それからまだ1年ですが、1年以上前にも感じるほど濃い1年でした。再び、名古屋でこうしてスタートできてうれしいです。すばらしいナンバーを準備したので、皆さんぜひ楽しんでください!」
MCでは、宇野が淀みなく言葉を投げかけた。ショーのプロデューサー、同時に主演として、挨拶にも慣れてきているのだろう。彼らしい訥々としたところが薄れるのは少し寂しいが、それも成長の証だ。
宇野は2024年のシングルでの現役引退後、プロスケーターとして過ごし、2026-27シーズンからは本田真凜とカップルを組んだ「アイスダンスでの現役復帰」を発表している。2030年の五輪出場を視野に入れた挑戦で、注目を浴びることになった。当然、ショーの取材も大勢の報道陣を集めた。
―今の出来はパーセントで言うと、どのくらいですか?
メディアが好きそうな質問を浴びたとき、宇野は丁寧に言葉を選んで返している。
「わからないですね。昨日は100%だと思っていたものが、今日になると100%じゃなくなっている。でも、1カ月単位だと"こんなに変わったんだ"と実感できるんです。やっぱり、日々更新されているんだと思います。だから今はゴールを見るよりも、目の前の課題をひとつひとつクリアしていくことが大事だと思っています」
アイスダンスは別種目だが、シングルのトップスケーターだった彼ですら、別競技に近いと感じるという。よりミスが許されない、緻密なスケーティングが求められる。何より他者との調和が欠かせず、能力を引き出し合う必要があるのだ。
宇野は毎日、アイスダンスのトレーニングとアイスショーのプロデューサー業という競技者と表現者の狭間に立って、改善、進化する欲に突き動かされていた。たとえば、この日のソロでは『Dancing On My Own』も全力で滑った。シングルとダンスはスケート靴からして違い、後者はジャンプを一切跳ばない。そこで宇野は果敢にトリプルアクセルを跳び、珍しく転倒した。
「久々っぽいジャンプをしていましたね」
宇野はそう言って照れ笑いを浮かべた。
「正直コンディションが最悪で、もし試合だったら"こんな練習しない"というほどギリギリまで練習して、"体力的に跳べない"とも思ったんです。でもお客さんがいっぱい来てくださり、アイスダンスをやるなかでも"ソロの演目でもちゃんとジャンプで高難易度を入れる"とショーを作る側としては見所だと考えて。思い切りいったんですが、横から落ちました(苦笑)。痛さよりも、万全のときは跳べていたので悔しかったですね」
満員の観衆の情熱に呼応するように、宇野自身も湧き上がる気持ちを感じていた。それは表現者の目覚めだった。一方、競技者に戻ったことで、一挙手一投足に勝負の真剣さも滲み出ていた。
ふたつの衝動は、これからどんな化学変化を起こすのか。
「前よりもスケートを見る機会は多くなって、それはシングルで現役を引退したからこそかもしれません」
今年4月のインタビューで、宇野はそう語っていた。
「(シングルの)現役のときは、時間があればゲームができてラッキーでしたが、今は自分がスケートすることも、スケート以外の仕事をすることも、自分の時間だけでなく、みんなの時間を使って成り立っていることで、より責任感は出てきたというか。現役のときとは違って、今は『やれ』って言われてやっているわけでなく、やりたいからやっている。こういうことをできるようになりたい、という気持ちが自然と湧いてくるんですよ」
ショー終盤、宇野はアイスダンスのポエタからボレロの流れで、得意のクリムキンイーグルをサービスで披露した。大歓声の中、力を使い果たし、瞬間的に氷の上に倒れ込んだが、中心でライトを浴びたときは明るい表情で拍手に応えていた。そしてアンコールで出てくると、最後の最後にトリプルアクセルを何とか着氷し、元世界王者の意地を見せた。アスリートであり、同時にプロだった。
「今日は、今日に向けて"もっとやればよかった"と思わないように全力で練習してきた確信があります。だから、ちゃんと今日まで頑張った自分やみんなを称賛してあげたい。今はもっと上手くなれる努力をし続けているんで」
そこにある今に全力で取り組み、今の最高点を叩き出す、という刹那の取り組み方は、やはり宇野そのものだ。
小宮良之●取材・文 text by Komiya Yoshiyuki
