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離れて暮らす両親と、どれくらいの頻度で会っているでしょうか。「定期的に連絡を取っているから大丈夫」「電話でも元気そうだった」と安心していても、見えないところで困り事を抱えているかもしれません。特に、父親や母親が一人暮らしをしている場合は注意が必要です。都内に住む本田葉子さん(仮名・53歳)の事例をもとに見ていきましょう。

「大丈夫だから」をうのみにしていた

「お母さん、ちゃんとごはん食べてる? 何か困ったことはない?」

本田葉子さん(仮名・53歳)は、都内のマンションで夫と娘の3人で暮らしています。福島県の実家で一人暮らしをする母・昌代さん(75歳・仮名)とは、2週間に1回の頻度で電話をしています。

「大丈夫だから。何も困ったことはないから安心して」

電話のたびに、昌代さんはそのように返しました。

昌代さんは、5年前に夫を亡くしてから、和歌山県にある一軒家に一人で住んでいます。飼っていた愛犬も半年前に虹の橋を渡り、それからは家にこもることが増えました。忙しくてなかなか実家に帰れない代わりに、せめて母親の話し相手になろうと思い、葉子さんはこまめに電話をかけるようにしています。

昌代さんの年金は、手取りで月14.6万円ほど。持ち家で家賃がかからないため、年金のほとんどを生活費に充てられる計算です。

「余裕があるわけじゃないだろうけど、十分生活できるだけのお金はあるだろうな」

昌代さんからお金の相談をされたことがなかったため、葉子さんは特に気に留めていませんでした。

出張のタイミングで実家に帰省。半年ぶりの母の姿に言葉を失う

数週間後、葉子さんは実家のある和歌山県に出張に行くことになりました。出張先の会社は、葉子さんの実家から車で20分ほどの距離にあります。葉子さんは、出張が終わったら実家に立ち寄ることと、そのまま一泊させてほしいことを昌代さんに電話で伝えました。

「あらそう。待ってるから気をつけて来てね」

昌代さんの反応はあっさりしたものでしたが、心なしかいつもより声色が明るい気がしました。

出張当日、葉子さんは16時ごろに仕事を終え、昌代さんの待つ実家へ向かいます。チャイムを鳴らすと、玄関のドアが開きました。

「お母さん、久しぶり」。そう言いかけて、葉子さんは言葉が出なくなりました。半年ぶりに会った昌代さんは、一回り身体が小さくなっており、ほおが痩せこけて別人のようになっていたのです。

一人暮らしの高齢者をむしばむ「孤独」

話を聞くと、昌代さんはお金に困っているわけではなさそうでした。

「もちろん、ぜいたくはできないけどね。食費を切り詰めるほどは困ってないから大丈夫」

「だったらどうして……」

のど元まで出そうになった葉子さんに、昌代さんは続けて話します。

「お父さんも死んじゃって、ぽんちゃん(愛犬)もいなくなっちゃってね。一人だと、ご飯を作るのも食べるのもおっくうなのよ。何のために生きてるのかなって、どうでもよくなっちゃうときがあるの」

その言葉を聞いて、葉子さんは昌代さんが「セルフ・ネグレクト」の状態にあることに気づきました。

あらためて部屋中を見渡してみると、ダイニングテーブルにはさきいかや煎餅の食べかけの袋が雑然と置かれていました。平皿には、食べ終わった枝豆の殻が乾燥してカピカピの状態に……。キッチンには、飲み終わったペットボトルや空き缶のごみ袋が山のように積み上がっています。「キレイ好きの母がこんな状態で放置しておくなんて…」。変わり果ててしまった昌代さんと実家の様子に、葉子さんは思わず涙をこぼしてしまいました。

「電話だけじゃなくて、もっとたくさん会いに行ってあげればよかった。お母さんがこんな状態になっていること、全然気づけなかった…」

セルフ・ネグレクトの要因は「生活の困窮」が1位ではない

浦安市が実施した「セルフ・ネグレクト対策に関する調査分析(令和2年度)」によると、セルフ・ネグレクトが発見された時点での状態として、「生活が困窮しているが、生活保護を申請しない」に該当する割合は低い傾向があります。生活の困窮がセルフ・ネグレクトにつながるケースはありますが、ほかの要因と比べると大きな相関関係は見られませんでした。

そして、昌代さんのように「知人や親族との交流がない」「閉じこもり状態で、外出しない」に該当する割合は、「生活が困窮しているが、生活保護を申請しない」と比べて3倍〜5倍以上も高くなっています。昌代さんは家族との交流が全くなかったわけではありませんが、それでも定期的に顔を合わせる機会がなければ見過ごされてしまう可能性があります。

事例把握時と支援後(現在)の状態〔必要な医療・サービスの拒否及び地域の中での孤立〕出典:「浦安市 セルフ・ネグレクト対策に関する調査分析(令和2年度)」

 

厚生労働省「高齢者虐待の実態把握等のための調査研究事業報告書」によると、令和6年度内における高齢者のセルフ・ネグレクトについて、1,741市町村中、発生件数を「把握している」と答えたのが620件(35.6%)、「ある程度把握しているが件数の算出は難しい」が532件(30.6%)、「把握していない」が589件(33.8%)でした。

昌代さんのように、セルフ・ネグレクトの状態にあることを誰にも気づかれていない人がたくさんいることが見て取れます。

「お金はあるから生活の心配はないだろう」「介護も必要ないし、一人で生活できる状態だから大丈夫」と安心していると、隠れた不調に気づきにくくなってしまいます。

「大丈夫」って言われても、会いに行こう

それから、葉子さんは最低でも月1回は実家に顔を出し、昌代さんの様子を見ることにしました。帰省した日は近所のスーパーで食材や日用品を買い込み、昌代さんのためにおかずの作り置きを用意します。必要な場合は、ごみ捨てや部屋の掃除もしています。昌代さんは「別にいいのに」と言いつつも、どこかうれしそうな表情です。葉子さんの手料理をおかわりすることもあり、顔色もすっかり良くなりました。

「また来月の第三土曜日に来るね」。そう言って、葉子さんは実家をあとにしました。

今回のように、離れて暮らす親が経済的に困っていない場合、「会いに行かなくても大丈夫だろう」と考えてしまいがちです。たとえ生活費が十分にあったとしても、買い物に行く・食事を作る・ご飯を食べるといった日常生活が送れているとはかぎりません。

直接会いに行くことが難しい場合は、ビデオ通話で顔を見て話をするのもよいでしょう。親の顔色や身だしなみ、背景に映る部屋の様子など、ビデオ通話からでも汲み取れる情報はあります。

定期的に会いに行くことが難しい場合は、地方自治体の高齢者見守りサービスを利用するのも有効です。東京都渋谷区では、見守り機能つきのIoT機器を高齢者の自宅に取り付けることで、離れて暮らす家族がスマートフォンで安否を確認できるサービスを提供しています。サービスの対象となるのは、渋谷区内在住で65歳以上の一人暮らしまたは65歳以上のみの世帯の人です。

親は子どもに心配をかけたくなくて、つい「大丈夫」と言ってしまうもの。そのような言葉をうのみにせず、離れて暮らす家族の状況を把握できる仕組みを作ることが大切です。