なぜディズニーは「いらっしゃいませ」と言わないのか…初対面の相手の会話のハードルを下げる"鉄板の声かけ"
※本稿は、清水群『1割の顧客で9割売り上げる「沼るファン」のつくり方』(かんき出版)の一部を再編集したものです。

■ホスピタリティーはサービスの上位概念
サービスとホスピタリティーの違いは何でしょうか。
「いいサービスを提供しましょう」「それぞれのホスピタリティーを発揮しましょう」といった言葉は聞こえがいいですが、言葉の定義が伴わなければまったく意味がありません。
私は、コンサルティングや研修の場で、サービスとホスピタリティーをこのように区別しています。
●サービスとは、すべての人に等しく行うこと
●ホスピタリティーとは、一人ひとりに対して行うこと
飲食店にたとえると、こうなります。
●サービスは、注文を受けた料理を注文どおりに提供すること。
●ホスピタリティーは、ゲストの好みによって苦手な食材を抜いたり、アレルギーに注意したりすること。
ほかにも、足に障がいのあるゲストが来店したら、段差のある場所を避けたり、トイレやドリンクバーなどに行きやすい場所に案内したりすることもホスピタリティーです。
ホスピタリティーはサービスの上位概念です。サービスという万人向けのあたりまえの土台がしっかりしているからこそ成り立つことです。一流のサービス(こだわり)で強固な土台を作り、ホスピタリティー(気づきと行動)でさらに沼らせるという構造です。
■ミッキーのTシャツを着てUSJを歩いてみたら
ホスピタリティーを発揮するためには、ゲストを見ただけではわからない「今日は何を楽しみに来たのか」「どんなアトラクションが好きか」といった人それぞれの情報を引き出す必要があります。その起点が、声がけなのです。
例えば、私がユニバーサル・スタジオ・ジャパンにミッキーマウスがプリントされたTシャツを着て遊びに行ったときのことです。
クルー:ミッキーじゃないですか!
私:そうですよ(笑)
クルー:ユニバーサル・スタジオ・ジャパンにいるキャラクターで、好きなキャラクターはいないんですか?
私:ミニオンが好きですよ。今日もミニオン・パークにまず向かいます。
クルー:そうですか! もうミニオンの○○(フードの名称)は召し上がりましたか?
クルーの声がけから、このような会話に発展します。私がミニオンの新しいフードを知らず、また好みに合いそうであれば、非常に有益な情報を提供してもらったことになります。
有益な情報を提供するための数十秒の会話は、ゲストの大切な1日を豊かにする「最速のホスピタリティー」なのです。
■「いらっしゃいませ」から始める弊害
ホスピタリティーを発揮するために会話が重要なわけですが、そのための工夫を1つ紹介します。
ディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは「いらっしゃいませ」というあいさつを使いません。言うまでもなく、「いらっしゃいませ」は、れっきとしたあいさつです。「ようこそいらっしゃいました」という歓迎の意味を伝えるもので、こう言われて気分を害する人はいません。
しかしディズニーランドやユニバーサル・スタジオ・ジャパンでは「いらっしゃいませ」は禁句なのです。朝は「おはようございます」、昼は「こんにちは」と、時間に合ったあいさつをします。

「いらっしゃいませ」と「こんにちは」の違いは何でしょうか。
多くの人は、「こんにちは」と言われたら、「こんにちは」と返します。講演や研修のときに、私は必ずあいさつから始めますが、「こんにちは」とあいさつをしたら、「こんにちは」と返ってきます。私の経験では、これは100%そうです。
では、「いらっしゃいませ」と言われたら何と返しますか。ほとんどの方は何も返さないのではないでしょうか。中には会釈する方もおられるでしょう。「こんにちは」と返す方もいるかもしれません。正解・不正解はありません。私が講演で尋ねても返事はバラバラです。
■一瞬のあいさつで会話のハードルを下げる
これが、「いらっしゃいませ」と「こんにちは」の大きな違いです。
「いらっしゃいませ」と言われても返事に困ります。困るから返事をしません。「ただいま」と「おかえり」「ありがとう」と「どういたしまして」のような対になるあいさつとは異なり、「いらっしゃいませ」と対になるあいさつがないのです。
どうしても「いらっしゃいませ」は、一方通行のあいさつになってしまいます。一方通行では会話にならないのです。
「こんにちは」に対しては、「こんにちは」と返ってきますので、双方向の会話になります。たった5文字ですが、言葉を交わした間柄になれます。そのあとの会話のハードルがぐっと下がるのです。
あいさつ1つを取っても、会話をするための工夫があります。テーマパークの場合、来園するゲストが1日数万人に対して、スタッフは千人単位です。
ゲスト一人ひとりの多くの時間を過ごせるわけではありません。だからこそ、あいさつという一瞬を工夫するのです。

■わずか2%ほどの細かい差異に気づけるか
ただし、ゲストから情報や要望を引き出して提案するだけでは、沼るファン作りには不十分です。ただのファンを沼るファンへと変えるための鍵は、「気づき」です。
では沼るファンを生むためには、どれぐらいのレベルの気づきが必要なのでしょうか。
言語化すると、「この人は私だけに関心がある」と勘違いさせるぐらいのレベルです。それぐらいの特別感で気づいてあげることが求められるのです。
そのレベルを数値化すると、2%になります。わずか2%ほどの細かい差異に気づくことが目標となります。
2%しか違わない微差に気づくのは容易ではありません。微差は文字どおり、微かな差ですから。だからこそゲストは「こんなところまで見てくれているんだ」と感じ入るのです。
しかし1回の気づきでは、沼るレベルには到達しません。単なる偶然かもしれませんし、1回だけのことだと人はすぐに忘れてしまうからです。重要なのは、何度も気づくことです。
■「自分だけ」が最強の体験価値に
たくさんのことに気づいてくれることへの安心感・信頼感、気づかれることによる承認欲求の満足――「まさに自分を特別扱いしてくれる場所だ」とゲストは感じ、次第に沼っていくのです。「自分だけ」、これが最強の体験価値です。

スタッフの微差への気づきは、接客の向上にとどまりません。ゲストの心に深く刻み込まれる特別な思い出となり、企業にとっては最も価値の高いマーケティング資産である口コミやリピートへつながっていくからです。
人が商品やサービスを思い出すとき、「安かった」「便利だった」といった合理的な情報ではなく、「買いたい商品が在庫切れだったが、スタッフが他店の在庫まで一生懸命探してくれた」といった感情的なエピソードを記憶します。
マニュアルどおりの完璧なサービスは頭には残りますが、心には残りません。
しかし、スタッフがマニュアルを超えてゲストの2%の微差に気づき、即座に行動に移したとしたら、ゲストにとっては、想定外の特別扱いとして心に深く刻まれます。感動は、想定とのギャップから生まれるものだからです。
この特別扱いの瞬間こそが、お金では買えない思い出となります。思い出は、単なる事実の集合体ではなく、ゲストの心と企業とを結びつける強い絆となるのです。
接客とは作業ではありません。目の前の人の人生に、一瞬の爪痕を残す“戦い”なのです。
■ゲストは「沼る」と伝道師に進化する
思い出が心に刻まれると、ゲストの行動は劇的に変わります。
ゲストは、思い出をもう一度体験したい、再びその感情を味わいたいという動機から、リピートを重ねるようになります。物理的な距離や価格といった合理的な障壁があったとしても、心がつながっているため簡単に離脱しません。
そして、思い出を人に語りたいという強い欲求が生まれます。「ミッキーのTシャツを着ていたら、クルーに声をかけられた」といった感情的なハイライトシーンを、誰かに向かって熱心に語る伝道師となり、企業の存在やサービスを広めてくれます。
沼るファンは、商品の機能だけではなく、企業との特別な思い出という非合理的な資産を最も大切にします。2%の気づきは、その思い出を戦略的に生み出し、リピートと口コミを実現するための最も強力な武器なのです。
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清水 群(しみず・ぐん)
テーマパークコンサルタント
日本で唯一ディズニーランドとユニバーサル・スタジオ・ジャパンという2大テーマパーク出身のテーマパークコンサルタント。2016年に起業、株式会社スマイルガーディアンを設立。「沼るファン」を生み出す独自メソッド「2%の法則」によるサービス研修や年間50回の講演のほか、多種多様な企業のコンサルティングも実施している。
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(テーマパークコンサルタント 清水 群)
