「ブラックホール」に落ちたモノが持つ「情報(量子情報)」はどうなってしまうのか? この疑問を深掘りしていくと、因果律が破綻しかねない「ブラックホール情報パラドックス」という物理学の未解決問題へと行きついてしまい、現在はその解決方法が模索されています。


スロバキア科学アカデミーのRichard Pinčák氏などの研究チームは、この宇宙がとても小さなスケールで「ねじれた7次元G2多様体の構造」を持つと仮定すると、ブラックホールは極小の残骸として永久に存在できるという考えを提唱しました。この考えに基づけば、ブラックホールは落ちてきたモノの情報を、ねじれた7次元の時空構造の中に永久に保持することができます。また、物質に質量を与える理論に自然な解決策を提供するなど、派生的な影響もあります。


ブラックホール情報パラドックスとは何か

まずは本題に入る前に、この研究の重要な前提である「ブラックホール情報パラドックス」について解説します。このキーワードを知っている方は、次の章まで飛んでいただいても構いません。


この宇宙に存在するモノ、例えば1個のリンゴには、「形」「色」「位置」「質量」「温度」などの様々な「情報(量子情報)」があります。「リンゴ→細胞→分子→原子→素粒子」などのように統合可能な情報はあっても、統合できない個々の情報だけでも無数に存在します。この情報は、光のように、日常的な感覚ではモノ扱いされないようなものにも含まれています。


【▲ 図1: モノは無数の情報を持っていますが、それは変化しても消失することはないとされています。一方でブラックホールにモノが落ちると、一見すると情報が消えてしまうように見えます。これをブラックホール情報パラドックスと呼びます。(Credit: 月島るな)】

物理学において情報とは、「数値が変化することはあっても、失われることはない」と考えられており、重要な前提となっています。私たちが過去や未来の様子を予測できるのは、物事の発展が因果的に繋がっているからであり、その因果的な繋がりは、情報が決して失われないという性質を持っていることと強く関連しているからです。もしも情報が失われるならば、過去と未来は因果的に繋がっているという重要な前提が、雲散霧消してしまいます。


しかし、そのような情報の消失が起きている現場が宇宙にはあるかもしれないという懸念があります。それは「ブラックホール」です。100年以上の研究で、その存在が確実視されているブラックホールですが、ブラックホールを構成する情報は「質量」「電荷」「角運動量」のわずか3つしかないことが知られています。


では、ブラックホールにモノを落としたら、そのモノが持っていた無数の情報はどうなるのでしょうか? 質量・電荷・角運動量の3つはブラックホールの情報に足されますが、それ以外の情報をブラックホールは持ち合わせていないため、一見すると消失してしまいます。モノが持っていた無数の “毛” が消えてしまうことから、この性質は「ブラックホール脱毛定理」(あるいはブラックホール無毛定理)と呼ばれています。


また、決して消失しないはずの情報と、情報が消失して見えるブラックホールという矛盾は「ブラックホール情報パラドックス」と呼ばれており、物理学における最大の謎の1つとなっています。このパラドックスが指摘された当初は、ある意味で “臭い物に蓋をする” 解決策が提案されていました。「ブラックホールの内部からはどんな情報も逃げ出さない」という性質から、外側の宇宙との因果律からは切り離されており、影響はないと考えていたのです。


しかしその後の研究で、ブラックホールからは何の情報も出ないのではなく、表面(事象の地平面)から熱放射の形で情報が漏れだすという「ホーキング放射」という性質が発見されたことで、話がややこしくなってしまいました。熱放射は情報の “質” が悪く、ブラックホールの3情報以外の情報が含まれていたとしても、復元不可能な完全にランダムな状態になっているはずです。これでは実質的に情報が失われ、因果律が破綻していることと変わりがありません。


また、ホーキング放射という熱放射のエネルギー源は、ブラックホールの質量に由来するため、ブラックホールは少しずつ小さくなるはずです。理論的には、ホーキング放射が止まることは無いため、やがてブラックホールは全ての質量を吐き出して蒸発し、消えてしまうはずです。結局のところ、ブラックホールに落ちた情報は、因果律が破綻しているという問題を抱えたまま、外側の宇宙に放たれることになってしまいます。これがパラドックスと呼ばれる理由であり、物理学における重大な未解決問題の1つです。


ブラックホールは極小の情報の塊を残す可能性

ブラックホール情報パラドックスに対しては、様々な解決策が提案されています。その解決策の1つとして「ブラックホールの残骸が情報を保持し続ける」というものがあります。このパラドックスは、ホーキング放射によってブラックホールが消滅してしまうところに大きな問題点があるため、逆に言えばブラックホールが消滅しなければ解決します。


その場合、ブラックホールは究極に情報が詰まった極小の塊として存在するでしょう。しかし、肝心のホーキング放射を停止させる方法がわかっていませんでした。


スロバキア科学アカデミーのRichard Pinčák氏などの研究チームは、この疑問にユニークな解決策を提唱しました。基盤となるのは、一般相対性理論を代替する「アインシュタイン=カルタン理論」です。一般相対性理論では時空の歪みを許容するのに対し、アインシュタイン=カルタン理論は時空の歪みに加えて、ねじれることも許容します。


【▲ 図2: 今回の考えの概略図。時空に埋め込まれた、ねじれた7次元G2多様体の構造の影響を受けるほど小さくなったブラックホールではホーキング放射が停止するため、これ以上小さくならない残骸を残します。(Credit: Ústav experimentálnej fyziky SAV, v.v.i / Google Geminiにより生成)】

Pinčák氏らはまず、この宇宙の時空は、とても小さなスケールでは「ねじれた7次元G2多様体の構造」を持つと仮定して理論の展開を行いました。一般相対性理論が想定する宇宙の時空は、ねじれのない4次元構造ですので、これは相当複雑です。また、このねじれた7次元時空が現れるのは10のマイナス32乗m(1兆×1兆×1億分の1m)程度と極めて小さく、近い将来で検証可能な長さを下回っています。


それでも、このねじれた7次元時空を仮定すると、興味深い現象が起こります。ブラックホールの大きさが、空間のねじれが現れるスケールまで小さくなると、ホーキング放射が段々と遅くなり、最終的には停止するのです。つまり、ブラックホールは極小の塊として、永久に存在することになるのです。計算では、ホーキング放射が停止した時点でのブラックホールの残骸の質量は、9×10のマイナス41kg(1兆×1兆×1兆×10万分の9kg)まで小さくなっています。これは電子の100億分の1の重さしかありません。


それでもこの残骸には、ブラックホール内部の時空のねじれの影響で、大量の情報が保存されています。例えば、太陽と同じ質量のブラックホールから生じた残骸は、最大で1.5×10の77乗量子ビット(1兆×1兆×1兆×1兆×1兆×1兆×1兆×15万量子ビット)もの情報が保持できると考えられます。これは、ブラックホールに投げ込んだモノの情報を保存するのには十分過ぎるほどの容量です。


他の物理現象にも影響する可能性あり

【▲ 図3: 今回の考えに基づくと、ブラックホール情報パラドックスだけでなく、物質が質量を持つ理論の基本的な部分にも説明を与えてくれる可能性があります。(Credit: Ústav experimentálnej fyziky SAV, v.v.i / Google Geminiにより生成)】

興味深いことに、Pinčák氏らが提示したこの解決策には、物理学における別の現象との関連があります。この宇宙にある基本的な4つの力(基本相互作用)のうちの2つ、電磁相互作用と弱い相互作用は、温度換算で約1000兆℃(246GeV)のエネルギースケールでは、1つの相互作用「電弱相互作用」に統一されることが理論的に証明されています。


そしてこの電弱統一が起こるエネルギースケールは、素粒子に質量を与える理論「ヒッグス機構」と強く関連していることも知られています。ヒッグス機構で現れる素粒子「ヒッグス粒子」について聞いたことがある方も多いでしょう。


実は、電弱統一が成されるエネルギースケールや、ヒッグス粒子の質量などの数値面には謎が残されています。理論が構築されることである程度分かっている点も多いものの、「他の数値ではなく、なぜこの数値なのか」という根本的な理由については、まだ説明が不十分な点が残されています。


Pinčák氏が提示した今回の解決策には、時空がねじれた7次元G2多様体の構造を持つと仮定すると、これらの数値が自然と導かれることが含まれています。つまり「なぜこの数値なのか」という疑問に対する、直接的な答えとなっているのです。


もっとも、今回提唱された考えをすぐに検証することは難しいでしょう。この考えの基盤となる7次元時空はとても小さく、直接これを見るには、世界最大の加速器「LHC(大型ハドロン衝突型加速器)」の数千万倍ものエネルギーが必要だからです。


とはいえ、全く不可能かと言えばそうでもありません。例えば今回の研究結果では、宇宙には極小の質量を持つブラックホールの残骸が無数に存在する可能性があります。これは、正体不明の重力源である「暗黒物質(ダークマター)」の正体であるかもしれません。また、宇宙の極めて初期の時代からやってくる原始的な重力波の中に、ブラックホールの残骸に由来するものが含まれている可能性もあります。今回の考えは、別の形で検証される可能性は残されています。


ひとことコメント

ブラックホールは蒸発によって完全に消えてしまうのではなく、究極に情報が詰まった塊を残すのかもしれないよ!(筆者)


 


文/彩恵りり 編集/sorae編集部


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