乾杯の定番に欠かせないビールは、樽生、ビン、缶いずれも同じ工程で造られ、味はまったく同じものだ。それなのになぜ、容器によって味が違うように感じるのか。「ビール好き」を公言するジャーナリストの村上敬氏が、メーカーを直撃取材した--。

■中身は同じなのに味が違うと感じる理由

「樽(たる)もビンも、中には同じビールが入っています。缶も含めて、容器によってビールの造り方を変えることはありません」

そう教えてくれたのは、キリンビールマーケティング本部マーケティング部部長の田山智広氏だ。たしかに容器に合わせて工程を変えれば、製造コストがかさむ。どの容器でも、同じラインで造ったビールを詰めて売るのが合理的だ。

田山智広・キリンビールマーケティング本部マーケティング部部長

しかし、樽、ビン、缶で味が微妙に違うと感じている人は少なくない。それは気のせいかなのかというと、実はそうとも言いきれない。容器によって、出荷後に味が変化する可能性があるからだ。

醸造酒であるビールの敵は、酸化だ。出荷時、ビールは酵母の力によって組成が固定された状態になっているが、酸素に触れることで酸化が始まり、味が変化していく。この変化のリスクが、容器によって異なるのだ。

念のために付け加えておくと、酸化が全面的に悪いわけではない。本当にできたてほやほやビールには硫黄のような「生臭(なましゅう)」があるが、酸化とともに消えていく。生臭をビールらしいと感じるか、それともにおうと感じるかは好みの問題だ。また、酸化が進むと、中国の老酒(ラオチュー)のような焦げたフレーバーが漂う。これも好みの問題だ。

ただ、メーカー各社が設定するビールの賞味期限は9カ月。メーカー側は、それを過ぎると酸化が進みすぎて本来の味が損なわれると考えているわけだ。

では、どの容器が酸化に強いのか。酸化に大きな影響を与えるのは、酸素と温度だ。

「ビールを容器にパッケージするときに、多少なりとも空気に触れて容器に酸素が混入します。容器の液体量に対して酸素量の割合が多いほど、酸化のリスクは高まります。樽は液体量が多くて酸素の割合が低いので、酸化に対して有利です」(田山氏)

画像=キリン公式サイト
ビールに酸素が入っていく図。高温になればなるほど、酸化は急速に進むといわれている。 - 画像=キリン公式サイト

ビンと缶の比較ではどうか。

「ビンは首の部分に空間ができますが、栓をする前に水をピュッと吹き付けて泡立たせます。その泡で空気を追い出したところに栓をするので、酸素はほとんどない状態です。一方、缶は巻き締めしてパッケージするので、ビンと同じやり方ができない。炭酸ガスを吹きかけて酸素を追い出す工夫をしていますが、ビンに比べると不利ですね」(田山氏)

温度については、高温になるほど酸化が進む。その点でも不利なのは缶だ。ただ、容器の特性より、扱いやすいことが逆にあだになっているという。

「缶は使い勝手がいいため、車のトランクにケースごと入れっぱなしにするなど、温度の高いところに無造作に置かれがち。買ったらすぐに冷蔵庫で保管してください」(田山氏)

■ビンや缶は泡を立てて注ぐとマイルドに

酸化だけを考えれば、「樽>ビン>缶」の順に軍配が上がる。ただ、ビールの味を左右する要素は他にもある。たとえば日光も、その一つ。ビールは光に当たると、獣の毛皮のような「日光臭」を放つことがある。

「ビールビンの多くが茶色なのは、少しでも日光の悪い影響を避けるため。ただ、それでもビンは光の影響を受けやすい。実はコンビニやスーパーの照明も危険。照明のすぐ横に陳列されたビンのビールは、正直お勧めしません」(田山氏)

酸化で不利な缶、日光で不利なビン。そうすると樽が正解である気がしてくるが、田山氏はビンや缶の良さを次のように強調する。

「ビンや缶からグラスに注ぐと、泡が立ってビールの中のガスが抜けて、飲み口がマイルドになります。ビールを注ぐときは泡を立てないのがマナーとされていますが、マイルドが好みの方は、むしろ大胆に注いだほうがおいしく飲めます」

■「缶はアルミの味がする」は気のせいだった

実は今回、同じ疑問をアサヒビールにもぶつけている。容器による差についてはキリンビールとほぼ同様の回答。マーケティング本部ビールマーケティング部次長の松橋裕介氏は「中身はどれも同じ」と太鼓判を押す。

缶については「アルミの味がする」という声も聞かれるが、「アルミの味なんてするはずがありません」ときっぱり。実際、金属成分が染み出ていたら大変なことになる。「缶で飲んでいる」という意識が、味覚を変化させているにすぎないのだ。

一方で、キリンとニュアンスがやや違ったのは、ガスが抜けることへの捉え方だった。松橋氏の見方はこうだ。

「もともとは同じ炭酸ガス圧ですが、ビンや缶はグラスに注いだときに炭酸ガスが泡となるため中味液からは若干抜けてしまう。一方、樽の場合、静かに注いで泡立たせず、泡は泡でサーバーから出すため、中味液の炭酸ガス圧は高いままです。泡と刺激感を楽しみたいなら、樽生はおすすめですね」(松橋氏)

松橋裕介・アサヒビールマーケティング本部ビールマーケティング部次長

キリンのフラッグシップブランドは王道的おいしさの「一番搾り」で、アサヒは辛口が特長でキレがある「スーパードライ」。ブランドの持ち味に合わせて容器を選ぶのも一興だろう。

■家庭でほぼ飲まれなくなったビンが復権?

樽、ビン、缶。おいしさは一長一短でどれも捨てがたいが、市場での勢いには明確な差がある。ビンの凋落(ちょうらく)だ。

バブルの最中だった1987年、全ビールの容器別売上比率は、ビンが70.2%、缶が22.4%、樽が7.4%と、ビンがダントツだった。しかし、1995年にビン42.5%、缶が45.3%と逆転した。背景にあるのは、コンビニやスーパーの出店増と酒類小売規制の緩和だ。かつてビールは酒屋が各家庭に配達するものだったが、コンビニやスーパーで自分で買って帰るものへとシフトして、持ち運びやすい缶が台頭した。

飲食店でも、ビンは樽に取って代わられつつある。樽がビンを逆転したのは2005年(ビン27.0%、樽29.4%)。直近の2017年は缶48.3%、樽35.6%に対してビン16.1%と、凋落傾向は明らかだ(※)。

アサヒビール社調べ

このままビンは消えゆく運命か--。そう思いきや、実は最近、ビンが復権する動きが現れ始めた。アサヒビールは、2019年3月から「あえてのビン」キャンペーンをテスト展開。導入店舗で売り上げが前年同月比140%と伸びたため、6月から全国展開を始めた。キャンペーンの背景を松橋氏はこう明かす。

「若い消費者がお酒に求めるものが変わりつつあります。昔はお酒を飲んで酔うことも大きなニーズでしたが、いまの若い世代はお酒を飲み過ぎることをカッコ悪いと考える。現在は、相手とコミュニケーションしたり、本音を語りあって理解し合う時のツールとお酒を位置づけています。その変化を踏まえて、『飲みたい ていうか、話したい』というコピーをつけ、"さしつ、さされつ"ができるビンビールの良さをアピールしました」

もう一つの背景として、サービス業の人手不足も見逃せない。

「樽はメンテナンスが必要で、注いで出すときにも手間がかかります。一方、ビンは冷やして栓を抜けば提供できます。オペレーション改善になるので、飲食店さまに喜ばれています」(松橋氏)

人口減で、飲食業界の人手不足は慢性化している。今後もこの傾向が続けば、ビンがふたたび勢いを取り戻す日は遠くないかもしれない。

■「おしゃれな小ビン」のクラフトビールも缶が主流に

アサヒの「スーパードライ ザ・クール」

"さしつ、さされつ"文化の再評価とは別の文脈でも、ビンを目にする機会は増えている。アサヒビールは今年4月、スーパードライの新商品「ザ・クール」を小びんのみで発売した。

「海外では、ビンに直接口をつけて飲む文化がありますよね。国産ビールにも、若者が直飲みしやすい商品があっていい。『ザ・クール』は直飲みしたときにスタイリッシュに見えるように、ロゴを横向きにデザインしました。ダーツバーやスポーツバーなど若者が集まる飲食店を中心に業務用限定で販売しています」(松橋氏)

昨今のクラフトビールブームも、ビンの復権を後押しする。市販のクラフトビールは、小ビンを使用したブランドが圧倒的に多い。キリンビールが運営する「スプリングバレーブルワリー(SVB)東京」のマスターブリュワーでもある田山氏は、クラフトビールとビンの関係をこう語る。

「ブリュワーとしては、自分の大切な時間を、自分と向き合いながらクラフトビールと過ごしてほしいという思いがあります。クラフトビールを家庭で飲むなら、見た目がおしゃれで、サイズも1人用にちょうどいい小ビンがふさわしい」(田山氏)

キリンの「グランドキリン IPA」

ただ、ビンが主流のクラフトビールも、最近は缶が幅を利かせ始めている。キリンビールのクラフトビール「グランドキリン」は、2年前のリニューアル時に、小ビンから缶へと容器を変更させた。

「小ビンのおしゃれさが評価される一方で、お客さまからは『ビンは捨てるのが大変』という声がありました。流通においても、小ビンは334mlなのに、背が高いために500ml缶の棚を取るという問題があります。世界的にはクラフトビールも缶へのシフトが進んでいるのが現実です」(田山氏)

はたしてビンは再びメジャーな容器になりえるのか、それともやはり消えゆく運命なのか。そんなことを考えながら今夜も杯を重ねたいところである。

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村上 敬(むらかみ・けい)
ジャーナリスト
ビジネス誌を中心に、経営論、自己啓発、法律問題など、幅広い分野で取材・執筆活動を展開。スタートアップから日本を代表する大企業まで、経営者インタビューは年間50本を超える。
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(ジャーナリスト 村上 敬)