誕生から19年を迎えた皇室御用達の団体専用電車 高級志向の貸切ツアーにも使用されるハイグレード電車とは
日本国有鉄道(国鉄)の時代から、団体旅行客向けにバラエティ豊かな電車や客車が存在していたことをご存じだろうか。畳敷きの和風タイプの車両や個室を備えた欧風タイプなど、いわゆる普通の電車や客車とは一線を画していた鉄道車両は、新たな旅を演出する輸送手段として人気を博していた。こうした個性あふれる鉄道車両が、時代とともに衰退していくなかで、特殊な使われ方をする団体専用電車が今から19年前となる2007(平成19)年に登場した。滅多に乗ることができないハイグレード電車とはどんな車両なのか。ニッチな鉄道の世界をご紹介することにしよう。
※トップ画像は、東伊豆海岸沿いを走る高級志向の貸切ツアーに使用される「なごみ」の愛称で呼ばれるハイグレード車両E655系電車=2007年、静岡県東伊豆町
国鉄時代に誕生した「お座敷車両」
想い出になる旅を演出しよう。そんな発想で生まれた車両が、1960(昭和35)年に登場した車内を畳敷きに改造した和式客車だった。昭和から平成初期のころまでは、社員旅行や団体旅行が定着していた時代だったこともあり、国鉄〜JRグループ各社では競うように団体客が利用しやすい専用の客車や電車「ジョイフルトレイン」を登場させていった。
しかし、2000年代以降になると少人数や貸切バスでの旅行が主流となり、団体旅行客に対応した畳敷きのお座敷列車や個室・サロンを備えた欧風客車といった大口旅客の需要は減少し、次第に団体旅客向けの車両は姿を消していった。

お座敷客車の一例。2007(平成19)年まで活躍したJR東日本が運行を行っていた「お座敷客車・浪漫号」の車内=2003年6月16日、港区港南

2007(平成19)年まで活躍したJR東日本が運行を行っていた「お座敷客車・浪漫号」の外観=2003年6月16日、港区港南
高級な旅への志向を満たすハイグレード車両
国内旅行の新たな需要と創造を目指し、2007(平成19)年にJR東日本が誕生させたハイグレード車両。「乗ってみたくなる魅力的な車両」をコンセプトに製作されたこの車両は、旅行代金も高額な団体ツアーに限定使用される“特別感”のある電車として、のちの”豪華な鉄道旅行”を演出する電車の先駆けとなった車両である。愛称は「なごみ」といい、通常時は5両編成で走行し、そのうちの1両(3号車)にはVIP室と本革張りのシートが装備される。
この車両が誕生する経緯には、皇室の専用列車「お召列車」で使用する国鉄時代から継承していた車両=御料車や貴賓車の老朽化が進んでいたこともあり、新時代にふさわしい電車を製作しようと計画したのがはじまりだった。普段、お召列車として使用しないときに、他の用途でも使用できるようにしてみてはどうか、と考えられたのが、このハイグレード車両「なごみ」だったのである。
以来、お召列車として使用されるかたわら、「高級な旅への志向を満たす旅行客」をもてなす豪華な鉄道車両の先駆けとして、鉄道業界をリードしてきたのが、この「なごみ」なのである。
室内は、木質と大きな曲線を用いたデザインにより、柔らかな空間と高級感を演出し、座席はゆったりとした3列配置のオールグリーン席で、一部の座席には本革張りのシートが採用され、電動リクライニングや電動レッグレスト、読書灯、スポット空調などが装備される。座席には、デジタル放送やビデオ、音楽が楽しめるほか、GPSによる走行位置や運転台カメラによる前方映像を見ることや、車内販売への注文ができる機能を備える。

E655系ハイグレード車両「なごみ」=2010年4月5日、神奈川県真鶴町

3号車のみ本革張りの高機能シートが装備される=2007年7月23日、報道公開で

座席に備わるモニターでは、デジタル放送やビデオ、音楽が楽しめるほか、GPSによる走行位置や運転台カメラによる前方映像を見ることや、車内販売への注文ができる=2003年7月23日、報道公開で

ハイグレード車両「なごみ」の3号車と2号車の室内見取り図。報道公開時の資料より=資料出典/JR東日本
一度も使用されたことのないVIP室
皇室のお召列車としても使用されるハイグレード車両「なごみ」は、通常は5両編成だが、お召列車として運用される時には、“特別車両”とよばれる皇室の専用車両1両が増結される。このような特別編成は、皇室の公式行事や国賓など海外賓客の乗車時に限られる。
このため、外国要人などの乗車を想定した「VIP室」が、ハイグレード車両「なごみ」には備えられている。しかし、この19年間でVIP室は一度も利用されたことがない。近年、天皇、皇后両陛下が静岡県下田市の須崎御用邸へお出かけの際にも、このハイグレード車両「なごみ」が使用されるが、両陛下はVIP室をご利用にならず、通常の座席をご使用になられている。
VIP室は、その造りと構造は“特別車両”に準じており、豪華な内装となっている。VIP室内や同室に面した廊下に敷き詰められた絨毯(じゅうたん)は、毛足の長い“ふかふか”の特別車両と同じものが使用される。室内には、テーブルを囲んだ4人掛けのソファに、中型モニタ(液晶テレビ)や化粧台(三面鏡台)、専用トイレが備わる。このVIP室とは別に、同じ車両(3号車)には調理準備室と本革張りのシート9席が併設される。
このVIP室は、これまで一度も利用された実績はなく、室内を見学することも許されていない。誕生から19年。この室内に”陽の光”があたる日は、いつのことになるのだろうか。

3号車に連結されるVIP室。その造りと構造は“特別車両”に準じている=2007年7月23日、報道公開で

VIP室をソファ側から見たところ。化粧室側との間は横引きカーテンで仕切ることができる=2007年7月23日、報道公開で

VIP室の窓に備わるロールカーテンは、二重構造となっている=2007年7月23日、報道公開で

VIP室のソファと専用トイレの間に備わる化粧台(三面鏡台)。この左手に廊下へとつながる出入口(扉)がある=2007年7月23日、報道公開で

VIP室に備わる専用トイレからソファのある部屋を見たところ=2007年7月23日、報道公開で

VIP室に備わる専用トイレ。“誰でもトイレ”(身障者対応)となっており室内は広い=2007年7月23日、報道公開で

VIP室のある3号車に備わる調理準備室。この左奥より先がVIP室区画となる=2007年7月23日、報道公開で
文・写真/工藤直通
くどう・なおみち。日本地方新聞協会特派写真記者。1970年、東京都生まれ。高校在学中から出版業に携わり、以降、乗り物に関連した取材を重ねる。交通史、鉄道技術、歴史的建造物に造詣が深い。元・日本鉄道電気技術協会技術主幹、芝浦工業大学公開講座外部講師、日本写真家協会正会員、NPS会員、鉄道友の会会員。
【秘蔵画像】乗ることができない”ハイグレード電車”「なごみ」に備わるVIP室の写真など。なつかしいお座敷列車の写真も(13枚)

