(※写真はイメージです/PIXTA)

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「定年後、毎日が退屈で仕方ない」「何もしないことに虚無感や罪悪感を感じる」。そんな悩みを抱える人は少なくありません。しかし、その何も起きない日常は、そもそも悪いことなのでしょうか。65歳の洋司さん(仮名)も、穏やかな年金生活にどこか物足りなさを感じていました。ところが、ある日息子からかかってきた一本の電話をきっかけに、その価値観は大きく変わることになります。

定年後の日々がもたらす「虚無感」と「罪悪感」

定年退職から半年ほど経った頃。尾坂洋司さん(仮名・65歳)は、虚無感と罪悪感に苛まされていました。

朝起きて、コーヒーを飲み、朝食を食べながら新聞を読む。近所を散歩し、昼食を済ませたらテレビを見る。夕食を食べて眠る。そんな毎日の繰り返しです。

「今日も何もしなかったな……」

自身の分だけで年金が月17万円ほど。住宅ローンは完済済み。さらに、株や投資信託で作り上げた資産と銀行預金、退職金の残りで総資産は7,000万円を超えていました。

妻と2人、一生生活に困ることはありません。ところが、お金の不安がないことと老後の満足は別物でした。

現役時代は管理職として忙しく働いていた尾坂さん。毎日会議があり、部下から相談があり、取引先との交渉がありました。それだけに、社会から置いて行かれるような、また、何も生み出さないことへの罪悪感のような感情を抱いていたのです。

しかし、その平穏な日常がどれほど恵まれたものだったのかを、洋司さんは後になって思い知ることになります。それは、ある夜かかってきた、1本の電話がきっかけでした。

息子からの電話「実は半年前から…」

電話の主は、41歳の長男・啓さん。珍しく深刻そうな声でした。

「父さん、実は……離婚することになりそうなんだ」

まさかの告白に洋司さんは驚愕しました。厚生労働省「人口動態統計月報年計(令和7年)」によると、離婚件数は17万9068組で、前年の18万5904組より6836組減少。離婚件数はピーク時に比べて減少していますが、婚姻数も減少しているため、離婚は依然として珍しい出来事とは言い切れません。

啓さんには、妻と小学生の子ども2人がいます。夫婦仲の悪化は以前から続いていたそうで、啓さんは離婚を望んでいましたが、妻は応じません。家庭内の空気は険悪になり、結局、啓さんが家を出ることに。現在は賃貸アパートで一人暮らしをしているといいます。

しかし、問題は、その後の生活費でした。住宅ローンが残る自宅には、妻と子どもたちが住んでいます。啓さんは住宅ローンの支払いと、自分自身の家賃を二重に負担することになります。さらに子ども2人は私立に通っており、学費や塾代の負担も重くのしかかっていました。

ここで啓さんは、妻と子どもの生活費として「婚姻費用」を負担することになります。婚姻費用とは、別居中でも夫婦が生活を支え合う義務に基づき、生活費を分担する仕組みのことです。

本来、裁判所の算定基準では、夫が妻の住む自宅の住宅ローンを支払っている場合、その負担分は婚姻費用から差し引かれる(減額される)のが一般的です。

しかし、法律の知識がなかった啓さんは、感情的になる妻に押し切られ、弁護士を入れる前の当事者間の話し合いで金額を決めてしまいました。住宅ローンを全額払いながら、それとは別に高額な生活費を支払うという落とし穴に気付かないまま、合意してしまったのです。

住宅ローンが月14万円(修繕積立金・管理費込み)、妻子への生活費と教育費が月18万円、自身のアパート家賃が8万円。これだけで月40万円。さらに食費や光熱費、通信費などを含めると、月々の支出は45万円近くに達し、啓さんの手取り収入を完全にオーバーしていました。

さらに、驚いたことに、別居生活はすでに半年近く続いていました。離婚がきちんと決まるまでは、親に余計な心配をかけたくないと考えていたといいます。

「自分の老後資金で息子を支える日が来るとは」

「貯金を崩しながら何とかやってきたけど、厳しくて。情けない話でごめん。100万円だけ貸してもらえないかな」

弱弱しい息子の声に、洋司さんはすぐに100万円を振り込みました。ところが、それで終わりではありませんでした。

啓さんは話し合いでは難しいと、ようやく重い腰を上げて弁護士に相談。弁護士からは「住宅ローンを払っているのに、この婚姻費用の額は高すぎる」とアドバイスを受けました。

しかし、一度決まってしまった生活費の減額に妻側が簡単に応じるはずもありません。妻側も弁護士を立てて対抗し、泥沼の離婚協議と調停は長期化していきました。

「調停の費用がかさんでしまって」「今月の学費がどうしても足りなくて」と、啓さんから再び支援を求められるようになります。

気づけば援助額は300万円近くに。ただ、資産が7,000万円以上ある洋司さんにとって、お金そのものは問題ではありませんでした。

ですが、洋司さんは不安を抱えるようになりました。この状態はいつまで続くのだろう。息子は、本当に生活を立て直せるのだろうか。孫たちは大丈夫なのだろうか。考えても答えは出ません。

まさか、自分の老後資金で息子を支える日が来るとは思いませんでした。無事離婚が成立しても、養育費に自分の住居費。妻が家の売却に応じればいいですが、それも先が見えません。

ある日の夕食時、妻がぽつりと言いました。

「前は毎日退屈だって言ってたわよね。あれ、贅沢な悩みだったと思わない?」

洋司さんは苦笑しました。

「何もしないで1日が終わる」というぜいたくな時間

朝起きて、散歩をして、昼寝をして、買い物をして帰る。何も変化がない毎日。当時はそれが物足りなく思えました。ですが、それは決して当たり前の状態ではありませんでした。

「自分も家族も、何事もないのが一番なんだな」

老後資金というと、多くの人は自分たち夫婦の生活費や医療費、介護費用を思い浮かべます。しかし実際には、子どもや孫に関する予期せぬ支出が発生することも少なくありません。

子どもの離婚失業、孫の教育費支援、家族の病気や介護、住宅関連のトラブル。こうした出来事は、老後資金の計画を大きく狂わせる可能性があります。

だからこそ、老後資金は「自分のためのお金」だけではなく、「家族に何かあったときの備え」という側面も持っています。また、定年後に感じる退屈さや虚無感は、多くの場合、大きな問題が起きていないからこそ生まれるものです。

「何もしないで1日が終わる」

ネガティブに語られがちですが、決して空虚なことではありません。自分も家族も大きな問題を抱えずに過ごせている証であり、長い人生の中では、ぜいたくな時間なのかもしれません。