「人間、生きていれば、いろんなことがあるじゃないですか。この店では、嫌なことは全部シャットアウトして料理だけに集中できるんです」

 ジュージュー音を立てて、タルタルステーキが焼き上がった。ナイフを入れると、肉汁が溢れ出す。東京・代々木上原のビストロ「MonBoeuf」。フランス語で “私の牛” という名を持つ、一頭買いの黒毛和牛が評判の店だ。

「最初に来たのは2年くらい前。衣装合わせの時間が空いてふらっと入ったんです。ハンバーグを頼むと、一瞬、フォークが止まるほど美味しかった。なんというか、“シェフのこれまでの人生が感じられる味” なんです。多いときは週2回は来ていますね」

 取材の前日に、米テキサス州から帰国したばかり。現地で急逝した友人のために、慌ただしく往復した。

「彼は海外留学したときに、初めてできた日本人の友達でした。本当に……生きているといろんなことがありますよね」

 11歳で自ら望んで渡米、23歳までの12年間をハワイと西海岸で過ごした。

「言葉もわからなかったので、ヤシの木陰で日本から持っていった縦笛を吹いて、寂しさを紛らわせていました(笑)。家に帰っても誰もいません。

 そんなとき、ご飯に呼んでくれる友人のご家族がいたんです。本当にありがたかった。そして、そこから食への興味が強くなったのかもしれません」

 父は、俳優で歌手の杉良太郎。幼少期から、「将来は俳優に」と、漠然と憧れていた。

 西海岸の大学に通っていたとき、本気で俳優を目指そうと思うきっかけがあった。レンタルビデオ店で偶然借りたNHKの連続ドラマ『大地の子』(1995年)。中国残留孤児の半生を描いた物語である。

「衝撃を受けました。僕は12〜13歳のころ母と一緒に、中国の旧満州地方に行ったことがあるんです。母は、満州生まれの “引揚者” です。あのとき母が声を上げて泣いていた、意味がわかりました」

 自分も、「人を感動させる俳優」になりたい。だが、父にはひと言も相談しなかった。

「父は、僕を弁護士にしたかったようです」

 大学卒業後、NHK連続テレビ小説『あぐり』で、ヒロインの息子役に抜擢された。順調な俳優人生のスタートだったが、「自分のことを『俳優』や『役者』と名乗るには早すぎる」と感じてもいた。

 映画『夜を賭けて』(金守珍監督、2002年)がひとつの転機になった。大阪の、在日コリアンの物語だ。

「演じたのは、父を殺した冷酷な男で、母親のこともさんざん虐待する。その一方で、母親を本当に慕っているのです。それまでとまったく違うイメージの役でしたが、自分の内にある『狂気じみた要素』を、監督に引き出してもらった気がします」

 もうひとつの転機が、時代劇『水戸黄門』。2001年4月から2年間、四代目「格さん」を演じた。

「当時、ちょんまげのかつらの下は金髪でした(笑)。同世代の友人の反応は、『え、時代劇?』という感じでしたけど、『水戸黄門』には、芝居のすべての要素が詰まっていたんです。旅あり、人情あり、勧善懲悪あり……。この作品のおかげで、自分の中に、新しいジャンルが加わりました」

弁護士事務所でバイトしていた、ハワイでの高校時代

 2009年には初の親子共演舞台『新版 拝領妻始末』に立った。当時、2人は雑誌で対談している(『週刊朝日』2009年6月5日号)。父が息子に投げかけた言葉は厳しかった。

《血を吐いてのたうち回って、もう死んでもいいっていうくらいの表現をしないと、お客さんは来ない。それだけの体力と精神力をお前、持ってるのか?》

 その問いは、ずっと胸の内にある。

「親が有名人だろうが、それだけで続けていけるほど、この世界は甘くはない」

 2013年には『命のビザを繋いだ男 小辻節三とユダヤ難民』(NHK出版)で、ノンフィクション作家としてもデビューした。

「杉原千畝の『命のビザ』によって、リトアニアから日本に多くのユダヤ難民が逃れてきました。しかし、そのビザで、ユダヤ難民に許された滞在期間はわずか10日間。強制送還が迫る彼らを救おうと東奔西走したのが、小辻節三でした。

 杉原は知られていますが、小辻のことはほとんど誰も知らない。多くの人に彼のことを知ってほしいと思ったのです」

 父と同じ、俳優という職業を選び、22年間、模索しながらやってきた。前出の親子対談では、長い沈黙のあと、こう答えている。

《今は何も言わずに、とにかくやるだけです。言葉にすると薄っぺらくなるような気がするから、返事はしたくないですね》

 2016年春、元女優の田京恵さんと結婚。2人が授かった女の子は、もうすぐ3歳になる。

「自分が、子供の写真を人に見せたりするなんて、想像できませんでした。父が、孫の前では、“おじいちゃん” の顔になることも(笑)」

――いま、父から同じ問いを突きつけられたら?
 山田は答えることなく、幸せそうに微笑んだ。

やまだじゅんだい
1973年生まれ 東京都出身 ハワイの中学、高校を経て米ぺパーダイン大学国際関係学部卒。1997年、NHK連続テレビ小説『あぐり』でテレビデビュー。『水戸黄門』(TBS系、2001年〜2003年)、『男たちの大和/YAMATO』(佐藤純彌監督、2005年)、『西郷どん』(NHK、2018年)、『白い巨塔』(テレビ朝日系、2019年)など、テレビ、映画の出演作多数

【SHOP DATA/MonBoeuf(モンブッフ)】
・住所/東京都渋谷区上原1-35-6 第16菊地ビル1F
・営業時間/11:30〜14:30/17:30〜22:30
・休み/水曜

(週刊FLASH 2019年12月17日号)