平成最後の日、4月30日に行われた1つの会合が永田町で注目されている。東京・富ケ谷にある安倍晋三首相の私邸で行われた麻生太郎副総理兼財務相との会談だ。2人は口を閉ざし、内容は外に漏れてはいないのだが、話に尾ひれがついて、今では消費税増税の延期と衆院解散がテーマになったというのが「常識」のように語られている――。
4月30日、平成最後の閣議に臨む安倍晋三首相(中央左)と麻生太郎副総理兼財務相(同右)。このあと夜9時ごろから2人だけの会談が行われた。(写真=時事通信フォト)

■改元前の「極めて重要」な日に約2時間を割いた

安倍氏は翌日朝、早くから公務がある時などは永田町の首相公邸に宿泊、さほど忙しくない時や週末は富ケ谷の私邸に帰ってくつろぐ。

一方、麻生氏は隣町の神山町に豪邸を構える。安倍氏とは「ご近所さん」だ。盟友でもある2人は、たまに夕食を共にする。

ただし2人が会談する時は、極めて重要な決定が行わることが少なくない。改元を控えた極めて重要で多忙な日に、夜9時ごろから約2時間を割いた4月30日の会談も「極めて重要」という観測が広がる。

■3年前の5月、2人は「消費税と解散」で激論を交わした

語り草になっているのが2016年5月28日と30日の会談だ。当時の取材メモから会談を再現してみたい。安倍氏は26、27日の両日、三重県で行われた伊勢志摩サミットのホスト役を果たし、さらに27日にはオバマ大統領とともに広島に移動、原爆慰霊碑に献花している。28日の会談は、華やかな外交ショーの翌日となる。

場所は首相公邸。ベトナムのフック首相との首脳会談、夕食会を終えた午後8時半、麻生氏、当時自民党幹事長だった谷垣禎一氏、少し遅れて菅義偉官房長官が加わり、4人の会談が始まった。

そこで安倍氏は驚きの言葉を口にする。

「消費税増税を10%に引き上げるのは19年10月まで2年半延期したい」

これに対し財務相の麻生氏は予定通り増税すべきだと主張。財務相経験者の谷垣氏も麻生氏に賛同した。押し問答がしばらく続いた後、麻生氏は逆提案する。「増税を延期するなら、衆院解散して信を問うしかないだろう。そうしないと筋が通らんよ」。

■「再び増税を延期するなら解散するしかない」

麻生氏は衆院を解散して7月に予定される参院選との同日選を行うべきだと水を向けたのだ。安倍氏は2014年にも消費税の増税を延期している。その時は衆院を解散して国民に信を問うた。再び増税を延期するなら解散するしかない、という理屈だ。

麻生氏の提案は安倍氏にとって、さほど意外なものではなかった。実は安倍氏も同日選を行おうと考えていた時期があったのだ。しかし4月中旬に最大震度7を記録した熊本地震が起き、復旧・復興を優先させるため解散を断念していた。

4者会談で菅氏は、連立のパートナー・公明党が、同日選に強硬に反対していることを理由に衆院解散に慎重論を述べた。会談は午後10時に終わったが、政権のトップ4人が増税と解散という最重要政治判断を巡り真っ二つに割れた「歴史的」な会談となった。

■「分刻みで動く首相が食事に3時間以上」の異例

話には続きがある。この会談の後、安倍氏は麻生氏の外堀を埋めるため、山口那津男公明党代表に連絡を取り、同日選は行わないことを約束。その上で30日夜、永田町のザ・キャピトルホテル東急のレストランに麻生氏を招き、最終的に「増税見送り、衆院解散も見送り」を伝えた。この時はさすがに麻生氏も抵抗はせずに安倍氏の考えを受け入れた。

2人は6時半から食事を始め夜9時50分まで飲み続けた。分刻みで動く首相が食事に3時間以上費やすのは異例のこと。基本方針を決めた後、2人は関係修復と参院選勝利のために杯を交わしていたのだ。

■16年と19年、状況は酷似している

既にお気づきの人も多いことだろう。2016年の5月と今は共通点が多い。7月に参院選が控えている。消費税増税の延期説がくすぶっている。そして衆院解散風が吹き、衆参同日選の可能性が取り沙汰されている。現在の政治情勢については「消費増税凍結を発言させた安倍首相の狙い」で整理してあるのでそちらを参考にしていただきたい。

3年前と酷似した状況の中で4月30日に2人は会談した。「消費税」や「衆院解散」が話題に出たと考えるのが自然だろう。新聞、テレビの政治部記者たちは会談の中身を探ろうと奔走している。

■意味深な甘利氏の発言「マスコミから伝わってきている」

そんな中、安倍、麻生氏の盟友でもある甘利明・自民党選挙対策委員長が興味深い発言をしている。甘利氏は5月8日、CS番組に出演。4月30日の会談の話題を振られると、こう語った。

「麻生氏が私邸に行かれて、長い間総理と話し込まれた。何が話されたかというのは、立ち会っているわけではないので分かりませんけども、巷間伝わってくるのは(麻生氏が)同日選を勧めたと。しかし総理は慎重に言葉を選んで言質を与えなかったと。いうことがマスコミから伝わってきてます」

この発言を聞いて政治記者たちは首をかしげたという。甘利氏は「マスコミから伝わってきている」と言うが、甘利氏が紹介したようなエピソードは、8日以前には報道された形跡はほとんどなかったからだ。このため、会談の内容の報告を受けた甘利氏が「マスコミが報道している」という表現を使って内容を明かしたという見方が広がり始めている。サービス精神旺盛で、いたずら好きの甘利氏ならやりそうなことだ。

■「いろんなことを考えられるでしょう」とニヤリ

4月30日の会談については、うわさがうわさを呼んでいる状況だ。ただ、これから数カ月を見通した政治課題について幅広く議論し、重要な方向性が出たことは間違いないだろう。そして数カ月後、「4月30日の会談で流れが決まっていた」という検証報道が行われることになるのではないか。

5月10日の記者会見で、会談内容について記者から尋ねられると麻生氏は「そういうことを話すことは、これまでもなかったと思いますし、これからもありません。やっぱり、いろんなことを考えられるでしょうね」といたずらっぽい表情で語るだけだった。

(プレジデントオンライン編集部 写真=時事通信フォト)