新潟と富山の県境近くの海岸「親不知」は古代の北陸道である越路(こしじ)の最大の難所として知られる。飛騨山脈の北端が海にまっすぐ落ち、断崖を波が洗う。人々は越後と越中の国境を越えるため、この崖と波のはざまを通った。日本海の荒波が寄せる狭い岸を駆け抜けるのはまさに命がけ。壇ノ浦の合戦後に平清盛の弟、頼盛の妻が越後に逃れた夫を追い、ここで愛児を波にさらわれたとの伝承がある。彼女が嘆き詠んだという歌も