「明日、話しますね」日本代表が変えたメディア対応…W杯史上最大の盛り上がりを生んだ“意外な理由”
日本時間6月30日、深夜2時より行なわれる日本代表対ブラジル代表。今年のW杯が例年に比べて盛り上がっているのは、選手の能力の向上だけが理由ではないと指摘するのはサッカーライターのミムラユウスケ氏だ。
【写真多数】着物、レオタード、美女、マスクマン…これぞW杯なスタジアムの観衆たち
今大会では選手たちが積極的にメディアの取材に応じ、合宿地でのエピソードや試合に向けた意気込みなどが多く伝わっていることも、W杯を盛り上げる要因になっているという。
選手たちの取材に応じる回数が増えた
ブラジル代表と決勝トーナメント1回戦で戦うことが決まった直後から、日本代表の選手たちはこんな風に話していった。
「ブラジルに勝てると信じてくれている日本のサポーターの人も多くいると思う」(上田綺世)
「自分たちが優勝を目指す中で、いろいろな人が『優勝できるんじゃないか』と本気で、ワクワクしてもらえている気がする」(田中碧)
「壁は高いかもしれないですけど、その壁を乗り越えたときのチームのボルテージの上がり方は……たぶん、今まで見たことのないレベルに到達するんじゃないかなと思うので。優勝するには絶対、乗り越えないといけない壁なので。これを乗り越えたときにはすごい景色が待っていますよ。すごい日本代表が待っていると思いますよ。まぁ、見ておいてください!」(長友佑都)
彼らがファンやサポーターの反応について思いをはせる理由はどこにあるのだろうか。
もちろん、前回のW杯が終わってからW杯優勝経験国を3か国も倒した実績があり、多くのファンがそれを祝福してくれたことも念頭にあるだろう。あるいは選手たちが日本での盛り上がりを、直接的にも間接的にも感じているからでもあるだろう。
ただ、それだけではない。
今回のW杯で過去にないくらいの盛り上がりが見られている理由の1つが、選手たちの取材に応じる回数が増えたことにあるのをご存じだろうか。
少し古い話になるが、2006年のドイツワールドカップではこんな反省があった。大会が始まってからも、試合の後だけではなく、練習の後にも、選手たちは毎日のように取材に応じていた。
ただ、レギュラーが固定化されていたため、普段の練習の後も取材を受けるのは彼らばかり。
控えの選手たちの多くは練習が終わった後、レギュラー組の取材が終わるまで、ホテルへ向かうバスの中で長く待たなければいけない状況が生まれていた。そうした状況が控えの選手たちのフラストレーションを増幅させたという見方もある。それもまた、大会中のチームの雰囲気が良くなかった一因とされている。
そのような背景もあり、2010年の南アフリカワールドカップからは、大会直前から大会中に至るまで、選手が取材に応じる回数が制限されるようになった。
具体的には、試合と試合の間に、全選手がそれぞれ1回だけ取材に応じるというルールが設けられた。そうしたシステムは2014年のブラジル大会、2018年のロシア大会、そして前回のカタール大会でも踏襲された。
声をかけられたくらいで心を乱すこともない
また、2015年にハリルホジッチが監督に就任すると、彼の意向により普段の大会中から取材の回数が制限されることになった。そして、W杯のようなメジャートーナメントの期間以外でも、基本的には試合の間にそれぞれの選手が1回だけ取材に応じる形が定着したのだ。
日本サッカー協会の広報が中心となり、選手たちが取材に応じるスケジュールが設定された。そして、基本的には取材日に該当した選手たちは、その日にはきちんと記者の前に立ち、質問に答えるようになった。
それ以前は、自身の発言の量とタイミングをコントロールしていた本田圭佑でさえ、そのルールが設定されるときちんと守り、取材に応えていた。一見すると自由人のように見えて、チームの輪を重んじる彼らしい振る舞いだった。
ただ、ヨーロッパでプレーする選手の数が増え、旧時代の日本的なウェットなコミュニケーションを取る選手も減ってきた。すると、今度は逆に、取材に応じる日をさまざまな事情で決められる方が不自由だという意見が出てきた。
そもそも、以前は記者からの取材の呼びかけに応じるのがはばかられる空気があった。それに応じないとメディアとの関係が悪化するのではないかと心配している選手がいたり、声をかけられること自体がストレスになると考える選手がいたのも事実だ。
それがずいぶんと変わった。
今の選手たちは、声をかけられたくらいで心を乱すこともない。そもそも、取材の呼びかけに「No」と返すことで角が立つことがないような文化で暮らしている選手も多い。だから、自分の意思で取材に応じる日、応じない日を決められる。
「明日、話しますね」と笑顔で
それゆえ、昨年の11月からは2006年のドイツW杯までジーコ監督が率いていた時代のように、けがなどを負っている場合を除き、全ての選手が練習後に取材エリアを通ることになった(試合後はこれまでも常に全員が取材エリアを通るというルールが設定されていた)。
その上で、取材に応じる選手もいれば、応じない選手もいる。報道陣から声をかけられても「明日、話しますね」と笑顔で返して去っていくような選手も増えた。
そうしたルール変更により、大会中に選手が取材に応じる機会が、これまでと比べて圧倒的に増えることになった。メディアの体力も影響力も以前より大きく落ちているとはいえ、それでも多くの選手の声や発言が日本に届けられることで変化はあった。
試合で活躍した選手の声だけではなく、長友のような選手の存在意義だったり、彼の言動で刺激を受ける選手たちの声などが伝わるようになった。それは日本代表の魅力やスポーツの持つ価値というのを高めることにつながる。
何より、近年のW杯時と比べて、今大会中は大きく盛り上がることになった。
日本サッカー界のここ30年の成長は著しいものがある。
選手が所属するチームのレベルは上がり、欧米の屈強な選手と体をぶつけ合っても物ともしないようなフィジカル能力もついた。そして日本のエースである上田のようにオランダ1部エールディヴィジで得点王になる選手も出てきた。
ただ、サッカーの能力の向上だけではなく、選手たちのメディアとの距離感も大きく変わってきたということになる。彼らが成熟したことで、メディアともフラットに付き合えるようになり、彼らの立場からすれば"上手に"メディアを活用できるようになったわけだ。
今回のブラジルとの試合は、日本代表がW杯において、負けたら終わりの決勝トーナメントで、優勝経験国と初めて対戦するものとなる。現時点で、日本サッカー界におけるW杯史上最大の試合と言い換えられる。
そんな大一番への期待と注目が集まっている理由の一つが、選手たちのメディア対応が成熟したからであるということは、ここにしっかりと記録しておきたい。
取材・文/ミムラユウスケ
