ジャニー喜多川氏による性加害問題を受け、ジャニーズ事務所側が会見を開いた(撮影:東洋経済オンライン編集部)

ジャニー喜多川氏による性加害問題をめぐって、9月7日に会見を行ったジャニーズ事務所。 PR戦略コンサルタントの下矢一良さんは、井ノ原快彦氏の率直で誠実な言葉を称賛するとともに、 「今、ジャニーズ事務所が何を最も恐れているかが垣間見えた」と指摘します。

『巻込み力 国内外の超一流500人以上から学んだ必ず人を動かす伝え方』などの著作を持つ、下矢一良さんによる不定期連載「広報・危機対応のプロは見た!ピンチを乗り切る企業・人の発想」。著者フォローをすると、下矢さんの新しい記事が公開されたときにお知らせメールが届きます(著者フォローはプロフィールページか、記事最後のボタンからできます)。

ジャニーズ事務所が「外部専門家による再発防止特別チーム」からの調査報告書を受け、会見を行った。ジャニー喜多川前社長による性加害問題について、ジャニーズ事務所が報道陣の前に立つのは、これが初めてだ。

だが、社長の引責辞任以外、具体的な中身はほとんどなかった。藤島ジュリー景子氏は社長から退任するものの、100%の株主であり代表取締役にもとどまることから、ジャニーズ事務所への支配力は維持したまま。加害者の名前を冠した事務所名も変更せず、被害者救済の具体策の発表もなかった。


藤島ジュリー景子氏(撮影:東洋経済オンライン編集部)

今、ジャニーズ事務所は何を最も恐れているか

にもかかわらず、広報PRを専門とする私の目にはジャニーズ事務所は、今回の記者会見を「なんとかうまく乗り切った」ように見える。

具体的な内容が皆無だったにもかかわらず、なぜジャニーズ事務所は会見を乗り切れたのか。乗り切れた理由は、完全子会社のジャニーズアイランドの社長で所属タレントでもある井ノ原快彦氏の率直で誠実な言葉、そして会見の枠組みの工夫があったからだ。

そして、同時に会見によって、「今、ジャニーズ事務所が何を最も恐れているか」が垣間見えたように思える。

かつてはテレビ東京経済部の記者として、現在は企業の広報PRを支援する立場として、多くの会見に関わってきた経験を基にジャニーズ事務所が講じた工夫、そして「ジャニーズ事務所が最も恐れているもの」を解き明かしてみたい。

記者会見の冒頭、まず私が最初に感じたのは「入念な準備をして、今回の会見に臨んでいる」ということだった。というのも登壇した4名の服装が、見事にコーディネートされていたからだ。

全員、謝罪会見に相応しくグレーのスーツと白いシャツを着ていたが、中央に座る新旧社長は暗い色調で、脇の2名はそれより少し明るい色味だった。この配色で4人が同時に画面に映った場合、自ずと中央の2人が際立つ。

質疑の冒頭でも感心した。司会が質問者を指名するのだが、最初に指名されたのは共産党機関紙「しんぶん赤旗」だったからだ。

もしテレビ局やスポーツ紙の記者が最初に指名されていたら、生中継で見ている視聴者の目にどう映っただろうか。「長年、メディアをコントロールしてきたのではないか」と批判されているジャニーズ事務所だけに「やはり懇意の社を当てている」と、疑念を抱かれたかもしれない。

かといって「反ジャニーズ事務所」を鮮明にしている社の記者を指名すると、生中継の冒頭から「追及の炎」が燃え盛ってしまう。「批判的だが、徹底的でもない」赤旗は絶妙な選択だったのではないか。

最初の指名が「赤旗」だったのは、単なる偶然だったか。それとも狙っていたのかは、定かではない。もし狙ったとしたら、かなり芸が細かい。

会見時間と出席者は無制限

私がもうひとつ感心したのは、ジャニーズ事務所が会見時間と出席者に制限を加えなかったことだ。

一般的に謝罪会見では、時間と出席者に制限を加えることが多い。会見時間を定めれば、自ずと追及の質問数を抑えることができるし、失言の危険も減るからだ。あるいは出席者を記者クラブ加盟社などと制限することで、喧嘩腰の記者の参加を防ぐことができる。

しかし、こうした防衛策が実際に功を奏することはまずない。出席を拒まれた記者、あるいは質問を打ち切られた記者の筆は当然、一段と厳しいものとなるからだ。さらに時間・出席者に制約を加えることで、「逃げた」と記事に書かれることにもなる。追及を避けたつもりが、逆に追及材料を与えることになってしまうのだ。

だが今回のジャニーズ事務所の会見では大手マスコミはもとより、海外メディア、フリーの記者、有名とは言い難いネットメディアの記者、さらにはYouTuberまで、実に300人もの記者が参加した。会見時間も4時間を超えた。ここまでやれば、どの記者も「逃げた」とは書けない。

井ノ原氏の真摯な言葉と振る舞い

さて、ここまで述べてきたのは、いずれも会見の「細かな技術」に過ぎない。私が最も感心したのは技術より遥かに重要な、危機対応に最も必要な本質を見たからだ。それは、井ノ原氏が語る「言葉の力強さ」だ。


井ノ原快彦氏(撮影:東洋経済オンライン編集部)

たとえば、ジャニーズ事務所が最も大切にすべきファンに対する真摯な言葉だ。不安な気持ちで会見の生中継を見たファンは、間違いなく井ノ原氏の言葉に心を打たれたのではないか。

「ジュニアの子たちにいつも言っているのは、(お客さんが)どんな気持ちでライブに来てくださっているのか。何日も前からチケットを取って、高いお金を払って飛行機を取って、髪をセットして来てくださるっていうことをイチから考え直してステージに立ちましょうと。手作りのうちわを作ってくれたりとか、精いっぱい力の限り応援してくださっている」

「ジャニーズ事務所がライバルとなる芸能人のテレビ出演を妨害していたのではないか」という質問についても、変革への想いを吐露している。

「こういう立場になって、『なんでこうなんだろう』と疑問に思うことがあった。『昔、ジャニーさん・メリーさんがこう言ったから』という、昔のタイプのスタッフもいる。『変えようよ』と毎日言っています。多分(ジャニーさん・メリーさんが)『やめろ』と最初は言ったかもしれない。でも、その後はそれが続いてしまっているだけで。だから、毎日言っているのです」

謝罪会見で必要な言葉は、弁護士から指導されたままの「法的責任を逃れるための巧みな弁明」でもなければ、追及をかわしながら会見時間を空費するための「当たり障りのないキレイゴト」でもない。「嘘偽りのない、真摯な言葉」だけが批判者の心を打つ力を持っているのだ。

井ノ原氏の凄さを感じたのは、こうした「言葉」だけではない。「振る舞い」も見事だった。「同じところばかり当てられている」と、質疑の最中、司会者に怒声を浴びせた記者がいた。だが井ノ原氏は自然な微笑みを絶やさず、そして司会を飛び越えて、憤る記者に質問を促していた。

あるいは質問に答える際も、井ノ原氏は記者の名前を呼んでから答えている。凡庸な登壇者であれば「テレビ東京さん、どうぞ」などと、社名で質問者を呼ぶ。だが社名と自分の名前、どちらが質問者の心に刺さるかは言うまでもない。

井ノ原氏は報道記者との接点は普段は皆無だろうから、会見に出席している記者のほとんどが初対面のはずだ。にもかかわらず、記者が質問の最初で口にする名前をとっさに覚え、回答の際に名前で呼びかけるという卓越した気配りのセンスを見せた。

新社長の東山氏と、子会社社長の井ノ原氏

一方で、東山新社長はその性格ゆえか、あるいは社長の重責ゆえか、誠実さは感じさせつつも慎重な答えに終始した。もし井ノ原氏がいなかったら、会見の反応はもっと批判的になっていた可能性もある。井ノ原氏の言葉と振る舞いで、東山新社長はかなり救われたのではないか。


東山紀之氏(撮影:東洋経済オンライン編集部)

井ノ原氏はタレントの育成責任者とはいえ子会社の社長なので、絶対に会見に出なくてはならない立場ではない。自ら進んで登壇したのか、あるいはジャニーズ事務所の誰かが要請したのか。もし井ノ原氏の資質を見抜いて要請したのだとしたら、担当者の「ファインプレー」と言える。

なお、本稿はあくまで企業目線の危機対応について論じたものであり、担当者の「ファインプレー」はあくまで「企業の危機対応」における意味合いである。

筆者自身が、ジャニーズ事務所が「記者会見」という難局を乗り切ったことを喜んでいるわけではないことは、ここで明記しておきたい。


記者会見で発言する東山紀之氏(撮影:東洋経済オンライン編集部)

「脱・藤島」よりも重要な意図

さて、これら記者会見の「本筋」以外で私が気になった点があった。それは記者会見の冒頭、司会の自己紹介のなかにある。

「本日の司会を務めさせていただきます、『FTIコンサルティング』のアサミと申します」

「FTIコンサルティング」は広報PR業界で「お馴染み」とは言い難い。この業界に30年近く身を置く私自身、今回、初めて聞く名前だった。コーポレートサイトを見ると、金融系のコンサルティングを主としながら、危機管理広報も手がけるアメリカの大手コンサルティング会社だという。

会見が始まるまで、私は大手PR会社・サニーサイドアップが仕切るものと思っていた。サニーサイドアップの次原悦子社長は藤島前社長と昵懇であると知られているからだ。藤島元社長の謝罪動画撮影を取り仕切っただけではなく、被害者との面談にも同席したと報道されている。

なぜ藤島前社長と昵懇であるはずのサニーサイドアップでなかったのか。新体制の発足にあたって、「脱・藤島」を鮮明にしたかったのかもしれない。だが、私はもっと重要な意図があったと見ている。

それは「FTIコンサルティング」がアメリカ本社の国際的なネットワークを持つコンサルティング会社であるという点に起因する。もし日本のメディア対策だけを考えるなら、サニーサイドアップなどのPR会社などに仕切らせたほうが良いに決まっている。

にもかかわらず、あえて日本で盤石の広報体制を築いているとは言い難いコンサルティング会社に任せたのは、なぜか。それは今、ジャニーズ事務所が最も恐れているのが「海外からの批判」だからだと、私は見ている。

海外での批判が高まると、日本の批判報道は確実に過熱する。「海外からの批判がやまない」という材料をメディアに提供することになるからだ。いわば批判の逆輸入だ。

タレント起用中止の連鎖

しかし、それより遥かにジャニーズ事務所にとって脅威なのは、スポンサー企業に海外からの批判の矛先が向かうことではないか。すでに国連人権理事会「ビジネスと人権」作業部会が、ジャニーズ事務所を巡る性加害問題で改善を迫るなど世界に広がりつつある。

「性加害に十分な対応をしない芸能事務所のタレントを広告起用するのは、世界的な人権感覚ではありえない」。そんな批判が高まれば、海外展開を重視する大企業は軒並みジャニーズ事務所のタレントをCMから降板させるはずだ。

実際、記者会見当日に東京海上日動火災保険、そして日本航空がジャニーズ事務所のタレント起用を取りやめると明らかにしている。「起用中止」の連鎖に歯止めをかけるには、「国際標準」に精通しているアメリカの大手コンサルティング会社に依頼するよりほか、なかったのではないか。

さて、なんとか今回の会見を乗り切ったように見えるジャニーズ事務所だが、今回の会見で「批判の打ち止め」とはならないだろう。10月以降、社長以外の新体制や被害者救済策の発表など追及される機会が控えている。

「新生ジャニーズ事務所が生き残れるかどうか」は井ノ原氏が語った「真摯で力のある言葉」、そして「言葉を裏付ける行動」を貫けるかどうか。その一点にかかっているのではないだろうか。

(下矢 一良 : PR戦略コンサルタント)