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 【笠原然朗の舌先三寸】落語芸術協会の桂歌近=かつら・うたちか=(23)はZ世代の落語家だ。今年4月、二つ目に昇進と同時に前座名の「れん児」から改名した。師匠は桂歌助(63)で、大師匠が桂歌丸だ。

 千葉県市川市出身。高校を卒業してすぐ落語界に身を投じた。最近では大学卒、社会人経験の入門者が多い中、高卒のルーキーは珍しい。

 「将来は“円朝もの”にも挑戦したいです。最終目標は桂歌丸です」と目を輝かせた。歌丸さんが18年に亡くなって8年。歌近は命日の2日に歌助と横浜市内の墓を参った。二つ目昇進を報告し、内に秘めたる思いを新たにしたという。

 歌近は一風、変わった子供だった。まるで落語の中の登場人物である「隠居」のよう。小学校時代から人間が枯れていた。だから学校の雰囲気にはなじめない。

 「いじめられたわけではないけど、学校が嫌いでしたね」

 小学校低学年の頃は不登校。授業には母親が付き添い、学校に行きたくないとぐずる日は、父親に手を引かれ「とりあえず校門にタッチしてから帰って来よう」というミッションを繰り返した。学校に行けない日は部屋にこもってゲームをやっていた。将来の夢はユーチューバー。

 そんな少年がたまたま目にしたのがNHK・Eテレ「テレビ絵本」。絵本を映像化して朗読を聞かせる番組で時々、落語もやっていた。これにハマった。「寿限無」の長台詞を覚え、家族の前で披露する。人前で演じる楽しさを知った。だが学校には落語を語れる友達はいない。

 そんな落語熱はいったん冷めるが中学校に入ってから再燃。両親に連れられての寄席通いが始まった。

 「クラスメートの前では落語の話は一切、しませんでした。恥ずかしいし、馬鹿にされると思いました」

 寄席で出会ったのが歌丸さんだった。歌近が中学校3年生のとき亡くなるのだが、最後の時に「つる」「紙入れ」「おばけ長屋」となどを聞いた。

 「とても聞きやすくて、話の間の取り方が絶妙。運命の出会いでしたね」

 地元の工業高校に進学するが、相変わらず学校には居場所がない。就職を前にして考えた。「僕にはこれしかない」と決めたのが落語家への道だった。

 進路相談で担任の先生を前にして「落語家になりたいんです」と打ち明けた。

 きょとんとした先生は口を開いた。

 「私たちはどうしたらいいのでしょうか?」

 就職でも進学でもない。教師の手が届かない世界だ。

 「たぶんどうしようもないと思います」という生徒の答えに「応援だけはします」と話した担任は歌近の落語会に来てくれたという。応援してくれたのは高校の担任だけではない。小学校時代の教師たちも。高座で生き生きと話すかつての不登校時代を重ねて号泣する人もいたという。

 入門は歌丸さんの三回忌公演で「越後屋」をやっていた桂歌助に決めた。

 「話し方が丁寧で、一席しゃべったあと日本舞踊を踊る姿が魅力的でした」

 さてこの入門の儀式。多くの落語家からエピソードを聞いた。師匠の家や出演している寄席を訪ねる、待ち伏せするなどなど様々だが、基本は顔を合わせての直訴。だが歌近はというと…「メールでやりとりしました」。Z世代なのだ。

 東京理科大学数学科卒の歌助は、他の落語家に先駆けてパソコンを駆使してホームページを作り、情報発信を始めた人だ。

 「お願いごと」「挨拶」「謝罪」など何をするにもとりあえず体を運ぶ、が慣習の落語界において、メールでの入門願いは、ほかの師匠ならその時点で「礼儀知らず」とはねつけられていたかもしれない。だが歌助は「落語家は食えない商売ですよ」と丁寧に返した。

 そして歌近、高校3年生の2021年11月3日、上野で母親同伴のもと歌助と会った。 「落語家の生活は厳しい」「とりあえず社会人を経験してからの方が良いのでは?」というアドバイスに歌近はきっぱりと言った。「やりたいです」。

 その月の18日、歌助が月1回やっている落語会「一笑会」に前座見習いとして入った。私もその場にいた。風采の上がらない暗い顔をした青年だった。「この子、続くのかな?」とも思った。

 それがどうだ。「一笑会」で毎回、会うと表情がどんどん変わってきているのがわかる。「水を得た魚」の言葉が浮かぶ。歌助も弟子に対して細かいことは言わず自由に泳がせた。

 「ほかの人は前座がやる楽屋の仕事は辛いと言っていましたが、私は楽しかったです。高座でしか見たことがない憧れの師匠に直接、声を掛けてもらいこともできますし」

 少なくとも楽屋では落語の話ができる、というより落語家はもともと落語国の人だ。

 小さい時から「隠居」で、周りとなじめず「不登校」だった青年がやっとたどりついた「居場所」だった。

 7月5日現在で覚えた噺は73席。落語と並行して笛、寄席文字の勉強をしている。寄席太鼓の腕を買われお囃子集のCDに演奏者として参加した。切り絵の腕前はプロ級。料理、絵画と多芸の人だ。

 良くも悪くも欲がない。自然体であることが得しているのか他の師匠たちからも可愛がられている。将来の落語界を背負って立つ逸材であることは間違いないだろう。

 31日、市川市の全日警ホール(市川市八幡市民会館)で二つ目昇進記念落語会を行う。ゲストは師匠、歌助のほか柳亭小痴楽、桂小すみ。