人間の知性とAIの違いは「身体性」にあった。茂木健一郎が「頭のいい人は字が汚い」から紐解く知性の正体
脳科学者の茂木健一郎が、YouTubeチャンネル「茂木健一郎の脳の教養チャンネル」にて『「頭のいい人は字が汚い」という命題から見えてくる人工知能の身体性、クオリア、そしてシミュレーション仮説』と題した動画を公開した。動画では、「字が汚い」という俗説を入り口に、人間の知性と人工知能(AI)における「身体性」の重要性について深く解説している。
世間には「頭のいい人は字が汚い」というイメージがあると語る茂木氏。その理由について、知性が高い人は特定の美しい文字の形にこだわらず、概念さえ伝わればよいと考える「普遍化・一般化の能力」が高いこと、そして「思考のスピードが速く、字を書くのが追いつかない」ことを挙げた。
茂木氏はこの「字の形にこだわらない」という特徴が、AIの根幹である計算理論と共通していると指摘する。アラン・チューリングが提唱した「チューリングマシン」は、計算の物理的な手段を問わない抽象的な概念である。現在のAIも同様に、データセンターの物理的な場所や形状に依存せず、抽象的な計算を行っている。茂木氏はこの状態を「字が汚くても、概念的に同じだったらいい」という考え方を突き詰めたものだと表現した。
一方で、人間の知性を考える上で欠かせないのが「身体性」だ。スイスのロボット研究者ロルフ・ファイファーの主張を引き合いに出し、爪の長さといった身体の細部が知性に影響を与える可能性に言及した。目的を持たないAIは「インストゥルメンタル・コンバージェンス(道具的収束)」という問題を引き起こすリスクがある。しかし、身体を持つことで「ラーメン屋の行列に並んでいたらラーメンを食べたいのだ」と分かるように、行動から意図が推定しやすくなると説明した。
最後に茂木氏は、人間の意識や「クオリア」は身体性と密接に結びついた自然なコーディングであるのに対し、AIの計算理論には物理的な接地(グラウンディング)がないと指摘。「我々が生きているこの宇宙のあり方とは違う」と結論付け、AI時代における人間の知性の特異性を浮き彫りにした。
世間には「頭のいい人は字が汚い」というイメージがあると語る茂木氏。その理由について、知性が高い人は特定の美しい文字の形にこだわらず、概念さえ伝わればよいと考える「普遍化・一般化の能力」が高いこと、そして「思考のスピードが速く、字を書くのが追いつかない」ことを挙げた。
茂木氏はこの「字の形にこだわらない」という特徴が、AIの根幹である計算理論と共通していると指摘する。アラン・チューリングが提唱した「チューリングマシン」は、計算の物理的な手段を問わない抽象的な概念である。現在のAIも同様に、データセンターの物理的な場所や形状に依存せず、抽象的な計算を行っている。茂木氏はこの状態を「字が汚くても、概念的に同じだったらいい」という考え方を突き詰めたものだと表現した。
一方で、人間の知性を考える上で欠かせないのが「身体性」だ。スイスのロボット研究者ロルフ・ファイファーの主張を引き合いに出し、爪の長さといった身体の細部が知性に影響を与える可能性に言及した。目的を持たないAIは「インストゥルメンタル・コンバージェンス(道具的収束)」という問題を引き起こすリスクがある。しかし、身体を持つことで「ラーメン屋の行列に並んでいたらラーメンを食べたいのだ」と分かるように、行動から意図が推定しやすくなると説明した。
最後に茂木氏は、人間の意識や「クオリア」は身体性と密接に結びついた自然なコーディングであるのに対し、AIの計算理論には物理的な接地(グラウンディング)がないと指摘。「我々が生きているこの宇宙のあり方とは違う」と結論付け、AI時代における人間の知性の特異性を浮き彫りにした。
YouTubeの動画内容
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