ヒトの本性は悪なのか、善なのか? builderB / PIXTA(ピクスタ)

写真拡大

 オランダの歴史家、ジャーナリストのルトガー・ブレグマンは、広告収入にいっさい頼らないジャーナリストのプラットフォーム「デ・コレスポンデント」の創立にかかわり、2018年の著書”Utopia for Realists(現実主義者のためのユートピア)“で高い評価を得た。『隷属なき道 AIとの競争に勝つベーシックインカムと一日三時間労働』(文藝春秋)の邦題からわかるように、「機械との競争」による大量失業を避けるには、すべてのひとに無条件で生存と文化的な生活を保障する現金給付(ユニバーサル・ベーシックインカム)を行なうしかないと説いたものだ。

 そのブレグマンは『Humankind 希望の歴史』(文藝春秋)で、進化生物学、進化心理学、社会心理学など「現代の進化論」を向こうに回してきわめて論争的な主張を展開している。その主張を簡潔に述べるならば、「ヒトの本性は利己的(悪)ではなく利他的(善)である」になるだろう。

イースター島の文明はなぜ崩壊したのか

 ブレグマンは本書で、リチャード・ドーキンス、スティーブン・ピンカー、ジャレド・ダイアモンドなどの大物や、スタンフォード監獄実験(フィリップ・ジンバルドー)、スタンリー・ミルグラムの服従実験など、人間性の暗い部分を暴いたとされる有名な社会心理学の実験を俎上に挙げて、それらがいかに間違っているかを論じている。

 ウィリアム・ゴールディングは『蠅の王』で、南太平洋の無人島に置き去りにされた少年たちが「内面の獣性」に目覚めていく様子を描いてノーベル文学賞を受賞した。だがブレグマンは、1966年に南太平洋のトンガにある寄宿舎を抜け出して釣り船で漂流し、無人島に漂着した6人のイギリス人の少年たちが救出された記事を見つけ出した。そして、オーストラリアでかつての少年の1人(および彼らを救出した船の船長)にインタビューし、少年たちが1年以上にわたって互いに助け合って無人島で生き延びた話を聞いた。

 ここからブレグマンは、人間の本性はゴールディングが描いたような利己的で暴力的なものではなく、危機に際してはお互いに協力する利他的で協調的なものではないかと考え、それを検証しようとした。

 たとえば、ジャレド・ダイアモンドはベストセラーとなった『文明崩壊 滅亡と存続の命運を分けるもの』(草思社)のなかで、巨石文明で有名なイースター島を取り上げ、その崩壊を「孤立した地球」のメタファーだと述べた。イースター島の住民たちはモアイという巨石像を競って建てたが、そのサイズが大きくなることでより多くの労働力、食料、木材が必要になり、その結果、森林破壊で農業が壊滅して島民は飢餓に襲われ、部族対立が激化して人肉食が拡がったのだという。

 だがその後、1722年にイースター島を発見した探検家ヤーコブ・ロッヘフェーンの航海日誌を研究者があらためて読み直すと、そこにはおぞましい殺戮の様子などまったくなく、この島の土壌は「肥沃」で、住民は「筋肉質の体と輝く白い歯を持つ、友好的で、見るからに健康的な人々」で、そこは「地上の楽園」だと書かれていたのだ。

 ダイアモンドによれば、イースター島にはかつて1万5000人の島民がおり、それが長耳族と短耳族に分かれて争った結果、大虐殺によって2000人あまりに人口が減った。だが考古学者らが調べたところ、虐殺の現場とされる場所は木炭の年代が伝承と合わず、遺骨には飢餓の形跡も戦争での損傷もなかった。

 こうした再検証によれば、イースター島の人口はもともと2000人程度で大虐殺などはなく、森林破壊の原因は、最初の移民とともにやってきて、天敵がいないことで繁殖したナンヨウネズミが木々の種を食べたことらしい。もちろん島民がカヌーをつくったり、巨石像を運ぶのに材木を必要としたが、イースターにあったとされる数百万本(最大で1600万本)の木をすべて使い尽くすことはできない。そのうえ、樹木がなくなったことで農地が拡張し、逆に食料生産が増えたと考える研究者もいる。

 ではなぜ、イースター島の文明は崩壊したのか。それは、奴隷商人とウイルス、すなわちヨーロッパ人によって破滅させられたのだ。

 ジャレド・ダイアモンドはいまも現役だから、いずれ自ら反論を行なうのだろうが、イースター島の文明崩壊の経緯についてはブレグマンの批判にかなりの説得力がある。

続きはこちら(ダイヤモンド・オンラインへの会員登録が必要な場合があります)