楽天の三木谷浩史会長兼社長(写真=AFLO)

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楽天が次々と戦略の新機軸を打ち出している。12月14日には携帯電話事業への新規参入を発表。同月19日にはビックカメラと新サイト「楽天ビック」を開始すると発表した。経営コンサルタントの鈴木貴博氏は「アマゾンのシェア拡大、いわゆる『アマゾンエフェクト』に対する焦りがあるのではないか」と分析する。楽天は対抗できるのか――。

■携帯参入に続いて、「楽天ビック」も

楽天が次々と戦略の新機軸を打ち出している。2017年12月14日、楽天は4Gの周波数帯を取得することにより携帯電話事業への本格参入を表明した。続いて19日にはビックカメラと合弁会社を設立し、新サービス「楽天ビック」を開始することを発表した。

楽天は格安スマホ業界6位のフリーテルを買収し、楽天モバイルと合わせて契約数120万人超と格安スマホ業界3位の地位を占めている。一方で格安スマホ市場ではワイモバイル(ソフトバンク)、UQモバイル(KDDI)、OCNモバイル(NTTグループ)など通信大手傘下のブランドが存在感を増しており、大手寡占の図式は変わりそうにない。

2013年に独立系のイー・アクセスがソフトバンク傘下に入って以来、大手3社の寡占状態が続いていた。楽天は、そうした構造に風穴を開けるため携帯電話事業に新規参入しようというのである。

一方、新サービス「楽天ビック」は、ネット通販のウイークポイントだった設置工事やサポートといった課題を解決するものだ。ネット通販では各サイトの価格を簡単に比較できるため、「最安値」を求める消費者などは実店舗からネットに流れた。

しかし、冷蔵庫や洗濯機、エアコンといった設置工事が必要な大型家電では、専門の配送業者が必要になるため、ネット通販には不向きで伸び悩んでいた。「最安値」よりも安心したサービスを求める顧客は少なくない。そこで楽天は、ビックカメラと組むことで、「大型家電もネット通販で買いたい」というニーズに切り込もうとしている。

■「アマゾンエフェクト」という言葉の意味

どちらも一見、前向きに攻めているように見える楽天の新機軸だが、実際はどうなのだろうか。今回のコラムでは楽天をめぐる包囲網と、そこから垣間見える楽天の苦境について論じてみたい。

いまアメリカでは「アマゾンエフェクト」という言葉が取り沙汰されている。アマゾンが成長するたびに、従来型の小売店の需要が削り取られ、業績が悪化する。そのためアナリストたちは、アマゾンの新しいサービスがどんなものかを予想することで、次に業績が悪化する小売業態を分析しているというのだ。

記憶に新しいのは2017年6月のアメリカ大手高級スーパー「ホールフーズ」の買収である。アマゾンは2007年から「アマゾンフレッシュ」という生鮮食料品のEC通販サービスをアメリカの一部の都市で展開していた。だが、これを全米で本格展開するには全国的な倉庫網が必要だとみられていた。そこで買収したのが460店を展開するホールフーズだった。買収価格は約1.5兆円(137億ドル)だという。

これによってアマゾンはホールフーズの店舗を実質的な地域の倉庫拠点として活用できるようになった。つまり、この先に起きることは、アマゾンフレッシュの全米展開である。そしてその先には、全米の食品スーパーの業績が悪化するというアマゾンエフェクトが予測される。

■宅配コストを大幅に下げる「アマゾンキー」

2017年11月からは「アマゾンキー」という新サービスも始めた。自宅の鍵をアマゾンが提供する電子キーと交換し、室内にはアマゾンが提供するセキュリティカメラを設置する。そうすると宅配業者は配達先が不在だった場合、ワンタイムの解除キーでドアの鍵を開けて玄関の内側に商品を届けてくれる。

セキュリティカメラとセットになっているので、配達業者による「空き巣」のリスクは小さい。このサービスが本格的に全米に浸透すれば、宅配コストは大幅に下がり、ネット通販市場のさらなる拡大が予想される。

さらに注目されているのが、AIスピーカーの「アマゾンエコー」である。話しかけるだけで、音楽の再生、天気やニュースの読み上げ、アラームのセットなどができる対話型のスピーカーだ。アメリカでは2015年から一般発売され、販売台数は1000万台超のヒット商品になっている。日本では2017年11月に発売された。

アメリカではキッチンに設置しているユーザーが多い。これは「買い物リスト」の機能が便利だからだ。たとえば冷蔵庫に卵がなければ「卵を買い物」とエコーに話しかける。すると買い物リストに「卵」が自動的に追加される。あとはスマホでそのリストを表示してスーパーで買い物をしてもいいし、アマゾンフレッシュやアマゾンキーと連動させて自宅に宅配させてもいい。

■徹底的にストレスのない買い物プロセス

アメリカではこれまで書籍、家電、日用品、家具といったジャンルを扱う小売店がアマゾンエフェクトの餌食となって、徐々に業績を悪化させてきた。それと対比してこれまで食品スーパーは比較的アマゾンエフェクトの影響を受けてこなかったのだが、その地位もいまや危ないというわけである。

そして食品スーパーと同様に、アマゾンによってその地位が危うくなってきている業態に、従来型のネット通販がある。理由は、アマゾンが徹底的にストレスのない買い物プロセスを作り上げる投資を続けているからだ。アマゾンなら最安値の商品がすぐに見つかり、その評判も一覧できる。購入すれば宅配網によって迅速に届けられるし、手違いがあった場合の対応もスマートである。

アマゾンでの買い物がここまでストレスフリーになってくると、従来型の通販は、使うのがだんだんと面倒になってくる。それは注文してから数日後に出荷されて、忘れた頃に自宅に届くようなサービスのことである。

■「みかん」を検索すると「数珠」が出てくる

失礼ながら、現在の楽天市場はそのような従来型のネット通販業者が少なくない。それには歴史的な理由がある。たとえば楽天市場の商品サーチは昔からずっとあいまいに作られている。商品名でサーチをしても、目的の商品だけではなく、カテゴリーも違うような商品まで検索結果に表示される仕組みになっている。

これは数多ある加盟店のさまざまな商品を表示させる工夫であり、そのプロセスで消費者に別の商品にも関心を持ってもらおうという狙いがある。また楽天市場では「送料込み」での最安値の販売店がどこなのかわかりにくいが、それもわかりにくくすることで価格一辺倒の店舗間競争を抑制することができるからだろう。

現状はどうなっているか。この原稿を書くにあたって、平日の13時に楽天市場で「みかん」を「東京に翌日配送」できる店を検索してみた。すると、上位に表示されるのは「梅干し(みかんはちみつ入り)」、「大型プランター(苗木の育成用)」、「電子タバコのリキッド(みかん風味)」、「数珠(みかん玉)」だった。

こうした環境で買い物を続けていれば、「面倒くさい」と感じる消費者も多いはずだ。それでも楽天は加盟店数の多さと商品点数の豊富さで、他社を圧倒してきた。だから消費者は楽天が使いづらくても我慢してきた。しかしアマゾンの品ぞろえが整ってきたことや、会員制の「アマゾンプライム」の付随サービスが充実してきたことで、「ネット通販はアマゾンで済ませたほうが快適だ」と考える消費者も増えてきているように思う。

■「儲かりにくい消費者」だけが楽天に残る

これは楽天のビジネスモデルにとっては問題だ。なぜなら「お金を持っている消費者」「細かい最安値の価格差にこだわらない消費者」は、面倒だが豊富で安いという楽天から、サービスが快適で迅速なアマゾンに移ってしまうからだ。言い換えると「儲けさせてくれる消費者」がアマゾンに移住することで、コストに敏感な「儲かりにくい消費者」だけが楽天に残ることになる。

ではこのようなアマゾンの成長に対して、日本のネット通販はどう対抗すべきなのか。ひとつの着眼点はアメリカでアマゾンがやっていないことに力を入れることだ。アマゾンはグローバル企業なので、日本独自に新しいサービスを始めることは基本的に考えにくい。日本独自の対抗軸をつくれれば勝機はある。

ファッション通販のZOZOTOWNは、2017年11月、採寸用のボディスーツ「ZOZOSUIT(ゾゾスーツ)」の無料配布(送料200円)を発表した。伸縮センサーを内蔵しており、着用してスマートフォンに接続することで、全身の寸法を計測することができる。これは典型的な「アマゾンがまだ手がまわっていない領域」での差異化サービスで、これまで「着てみないとフィットするかどうかわからなかった衣類」の通販を、「着る前からフィットすることがわかる商品」に変える試みだ。

また日本の事情でアマゾンが苦戦している分野に力を入れるという考えもある。宅配大手のヤマト運輸は、アマゾンなどネット通販の荷物が急増していることから受託調整を行い、送料の見直しにかじを切った。こうした中で、家電販売大手のヨドバシカメラは、独自の翌日配送網を構築することで、アマゾンよりも安く早く商品を届けることができる体制をすでに構築している。

■このままではアマゾンに翻弄されつづけるだけ

では、楽天はどうするか。

楽天が携帯電話事業に参入して、スマホを通じて顧客を囲い込むというのはアイデアとしてはアリだろう。楽天は目標として「1500万人以上の顧客獲得を目指す」としている。しかし「第4のプレーヤー」としてこれから参入するという立場で考えると、3〜4年後に想定できる獲得ユーザー数はせいぜい1000万人規模だろう。いずれにしても、これではEC市場の1〜2割にとどまる。

同様にビックカメラとの提携で、家電通販の満たされないニーズにこたえるというのも一定の支持が得られるサービスである。しかし難点はそのようなユーザーの構成比が大きくないことだ。結局これらの打ち手だけでは、楽天市場のユーザーの大多数は、やはりアマゾンエフェクトによって刈り取られるのを待つことになってしまう。

もし楽天がアマゾンに本格的に抵抗するつもりなら、本丸である楽天市場での買い物体験をアマゾンよりも快適にすることに力を入れるべきではないか。私にはそれが本筋であると思えるもだが、なぜそうならないのかが疑問である。このままの手の打ち方では、楽天はこれからもアマゾンに翻弄されつづけるのではないか。いまはそんな悪い予感がしているのだ。

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鈴木 貴博(すずき・たかひろ)
経営コンサルタント。1962年生まれ。東京大学工学部卒業。ボストンコンサルティンググループなどを経て2003年に独立。過去20年にわたり大手人材企業のコンサルティングプロジェクトに従事。人工知能がもたらす「仕事消滅」の問題と関わるようになる。著書に『アマゾンのロングテールは、二度笑う』(講談社)、『戦略思考トレーニング』シリーズ(日本経済新聞出版社)などがある。

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( 経営コンサルタント 鈴木 貴博 写真=アフロ)