学生の窓口編集部

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和泉元彌との嫁姑問題バトルで、にぎわせた羽野晶紀が25日に放送された、「特盛!よしもと 今田・八光のおしゃべりジャングル」(よみうりテレビ)に出演。テレビで初告白するという、ことの真相を明かした。

2002年に羽野が和泉と結婚するとき、和泉の母親である節子から大反対され、「嫁の7箇条」をつきつけられたことを週刊誌で大きく報道された。

しかし、その件に関しては、「直接言われたこともないし、紙に書いて見せられたこともないし、テレビで観て始めて知った」と否定。しかも二人きりで話したことはないという。

その中身は、・関西弁ではなく標準語を使う ・お稽古ごと禁止 ・マニキュア禁止 ・車の運転禁止 ・ノースリーブ禁止 ・芸能界の仕事を辞めるなど があったが、関西弁も使い、車も運転するという羽野。

それでも「芸能人の嫁を良くないから貰うつもりはない!」とは言われていたことは認め、結婚前提に付き合っていたときには、仕事を全部整理して、事務所を辞めるつもりだったそうだ。

当時、マスコミに追いかけられたが、姑の節子はメディアに出て発言を繰り返していたが、一切でなかった羽野。
「違います、違いますと言っても次から次へとすごく言われる」と、あえて避けていた。テレビが去ると、次は週刊誌。家にいても周りにカメラがいて、少し買い物に出ても撮られるし、少しのことで書かれるから大変だった。

「元彌さんが子どもを自転車に乗せて、マクドナルドに行っただけで、私が食事を作っていないと書かれた。子どもはみんなマクドナルド好きなのに楽しく行く…」と、事実無根であったことも明かした。

しかし、いつまでたっても羽野が節子のことを好きなのかどうかに対しての関係には避けてしまう。

そして、節子とは二人っきりになったことはなく、「(バトル問題について)その会議はしていたとは思うけど、その会議には入れてもらえなかった」と、決して関係が良好ではないことを匂わせた。

「すごい平和よ」と言いながらも、子どもを産むときには、「自分の中では、男の子を産まれるまでは頑張って産んだ方がいいかなと思っていた」とのこと。

長女が産まれたときには、姑は「普通」と言い、長男が産まれたときには「普通、普通」と言いながらペロっと舌を出した羽野。そこには、無言の重圧があったことが感じられた。

テレビでは明るく答えた羽野だが、やはり嫁姑問題、跡取り問題には、表に言えない苦労があったことが伺える。