「私が歴史家として予測できるのは、次の2点です」エマニュエル・トッドが語った、イラン戦争後に“世界で起こること”
米国とイスラエルによる大規模奇襲攻撃で始まったイラン戦争も、緒戦こそ、強大な軍事力を誇る米国が圧倒したが、その後はイランが、「ドローンなどの安価で大量の兵器」と「ホルムズ海峡封鎖」という「非対称戦略」でトランプ大統領を追い詰めて徐々に形勢を逆転させ、イランに圧倒的に有利な「14項目の覚書」の締結に至った。
これまで独自の分析で数々の予測を的中させてきたトッド氏が、イランの「勝利」を起点に、これから起こる“世界のリスク”を予測した。(通訳=大野舞)
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「理性的な独裁」と「非合理的なリベラル」
現在、地に足が着いた長期的な視点から、自らの国益に沿った戦略的思考にもとづいて合理的に振る舞い、その言動が予測可能で信頼できるのは、イランやロシアや中国といった「権威主義体制の国家」の方です。
一方、近視眼的で、戦略的思考を欠き、自らの国益に反する場合もそのことに無自覚で、忙しなく非合理的に動き回り、その言動が予測不可能で信頼できないのは、「リベラル」を自称してきた米国と欧州の方です。

エマニュエル・トッド氏 Ⓒ文藝春秋
これは究極のパラドクスで、要するに、理性的であるのは「独裁者」の方で、「リベラルであるはずの指導者」の方が思慮を欠き、日々、気まぐれに意見を変え、欧州の指導層が自国民を苦しめ、米国が自分の同盟国を破壊しているのは、まるでSF小説の世界です。いま両陣営が激突している「第三次世界大戦」を目の前にして、私は「独裁国家がどうか冷静でいてくれることを願おう」と、何とも奇妙な心理状況にあります。
このSFのような世界の中心にいるのは、トランプ氏です。彼が世界最強国の大統領であること自体が、SF作家ですら想像できないほど奇怪な現実なのです。
西洋諸国の指導層の言動が予測不可能であるなかでも、私が歴史家として予測できるのは、次の2点です。
第一に、「戦争は不可避だ」というナラティブを世界に流布させている米国は、実際に世界各地で戦争を引き起こそうとすること(イランの次にキューバに何かを仕掛けるかもしれません。ベネズエラと同じく米国本土の目と鼻の先にあるキューバは、イランよりもオペレーションがはるかに容易だからです)。
第二に、局所的な最適化に固執するあまり大局を見失いがちなドイツは、歴史の重大な岐路に立たされた際、「良い選択肢」と「悪い選択肢」のうち、往々にして「悪い選択肢」を選びがちであること。
この二つの要因が結びつくと、世界にとって最悪の結果がもたらされる危険があります。
2025年2月28日、ホワイトハウスで、ウクライナのゼレンスキー大統領に対して、トランプ大統領は、「君が勝つことはない」「感謝しなくてはならない。君にはカードがない」「君は、第三次世界大戦につながる事態でギャンブルをしている」と声を荒げ、さらにヴァンス副大統領が、「君は一度でも『ありがとう』と言ったか?」と追い打ちをかけ、激しい口論となりました。
これは、ウクライナ戦争での「西洋の敗北」の責任を欧州とウクライナに押し付ける行為で、私は「西洋が分裂し始めた」と分析しました。
こうした「西洋の分裂」(=欧州に対する米国の侮蔑的な態度)は、基本的に今も続いていますが、米国は、少なくともウクライナ戦争に関しては、この時点からやや軌道修正を図っています。
ウクライナ支援へと方針転換したドイツと米国
2025年6月、ロシア領内の製油所に関する「標的情報」のウクライナへの提供をトランプ大統領がCIAに許可した、と、ニューヨーク・タイムズ紙が報じています。
現在、モスクワだけでなく、国境から2000キロも離れたシベリアの石油施設にまでウクライナが攻撃対象を広げているのは、米国の軍事情報のおかげです。ロシア軍がウクライナ戦争の前線で活用していたスペースX社の衛星通信サービス「スターリンク」も、現在は使用できなくなっています。製造業を失った米国は、ウクライナに「兵器」は提供できませんが、「軍事情報」は提供できるわけです。
特筆すべきは、この米国の方針転換が、ウクライナ戦争への関与に慎重だったドイツのショルツ政権に代わって、2025年5月に、メルツ政権が誕生した直後になされたことです。ウクライナ戦争で経済的にロシアと分断させられたドイツ――ドイツとロシアの離間を図ることこそが、欧州における米国の重要な戦略目標の一つです――は、冷静さを欠いたメルツ首相の主導で、米国に対する「消極的な服従」から、米国に対する「熱狂的な服従」と「ウクライナ戦争への積極的な参加」へと大きく舵を切ったのです。
※本記事の全文(約15000字)は、月刊「文藝春秋」8月号と、月刊文藝春秋のウェブメディア「文藝春秋PLUS」に掲載されています(エマニュエル・トッド「日本の米追従は自殺行為だ」)。 全文では、下記の内容をお読みいただけます。
・イランの「離陸(テイクオフ)」の世界史的意味
・戦争の継続そのものがウクライナ国家の存在理由に
(エマニュエル・トッド/文藝春秋 2026年8月号)
