広島電鉄が交通系ICカードを廃止し、QRコードを基本とした新システムを導入すると発表しました。メリットとデメリットがあり、別の交通系ICカード導入を表明した事業者もあるなど、対応が分かれています。

交通系ICカード「PASPY」廃止へ

 広島電鉄を中心とした広島県内の私鉄やバスで使える交通系ICカード「PASPY」が廃止されます。PASPYの運営協議会によると、サービスは2025年3月までに順次終了する予定です。
 
 このことと合わせて、広島電鉄は2022年3月4日に「QRコードや新たな交通系ICカードを認証媒体とする新乗車券システム」の開発に着手すると発表しました。2024年10月の導入を目指すとしています。


広島電鉄の路面電車(画像:robertchg/123RF)。

 ただ、「新たな交通系ICカード」はこのシステム専用のもので、ICOCAやSuicaといったカードが使える「交通系ICカード全国相互利用サービス」には対応しない見込みであり、全国規模の交通系ICカードのシステム網とは距離を置くことになります。

 広島電鉄の新システムはNEC(日本電気)、レシップと共同開発。大きな特徴として、ABT(Account Based Ticketing)方式であることを挙げています。この方式は、利用者情報や運賃計算などの処理を車載器ではなくクラウド上で行い、機器側では高速な計算処理を行わないため、システム全体の低廉化を図れるといいます。なお、ABT方式による乗車券システムの商用化は日本初だそうです。

 新システムを導入する背景について、広島電鉄はこう話します。

「車載器やセンター機器がいちどに更新の時期を迎えるため、多額の投資が見込まれたことがきっかけです。一方で、生活様式が変わるなか、今後は多様な運賃制度に対応していくことが考えられるものの、それに対応するには、現在のシステムでは制約があり、全国共通ICとの調整も必要になってきます。そこで新たなシステムの導入に踏み切りました」

 新システムで利用者が運賃支払いに用いるのは「基本はスマートフォン」と考えているそうで、カードはスマホを持たない人などに向けた補助として用意するとのこと。

 ただ、新システムは事前に会員登録を行い、クレジットカードまたは銀行口座を紐づける必要があります。ここが一つのハードルになるであろうことは、広島電鉄も認識しているようです。

「うちはICOCAにする」表明の路線も

 既存の「PASPY」は2008(平成20)年にサービスを開始した、いわゆる地域独自ICカードのひとつ。当初からJR西日本のICOCAも利用でき、2018年からは交通系ICカード全国相互利用サービスにも対応しました。逆にPASPYを他のICカードエリアで利用することはできません。

 PASPYは広島県内を中心とした鉄道やバスなどで広く利用できましたが、現段階で新システムの導入が決まっているのは広島電鉄の路面電車と同社グループのバス事業者のみ。各事業者で導入を検討してもらっているということです。そうしたなか、新交通システム「アストラムライン」を運行する広島高速交通は、PASPYの代わりにICOCAを導入すると表明しており、PASPY加盟事業者のあいだで分裂が生じています。


PASPYのシンボルマーク(画像:PASPY運営協議会)。

 新システムの課題のひとつが、QRコードによる認証のスピードです。交通系ICカードは、大量の乗客の決済をさばける処理速度の速さゆえに、コストもかかることが知られますが、スマホに表示するQRコードを読み取るシステムがどこまで速さを担保できるかは未知数です。これについて広島電鉄は「どれほどの速度が求められるかも、今後検証していきます」としています。

 認証の速度だけでなく、前出した会員登録も課題ですが、一方でこれが「顔認証」など、新たな運賃決済の仕組みにつなげられると広島電鉄は話します。顔認証だけでなく、認証速度を補助するうえでも、「必要に応じてリーダーなどの補助機器をつけることも考えられる」といい、今後の開発に含みを持たせました。