佐川急便のドライバー3万人のうち、1割は女性だ。女性たちはなぜ重労働にも思える宅配の仕事を選んだのか。ノンフィクション作家の野地秩嘉氏が、「入社4年目で、子どもが2人いる」という女性ドライバーに本音を聞いた--。
撮影=石橋 素幸
佐川急便の千葉中央営業所 - 撮影=石橋 素幸

■3万人のドライバーを抱える佐川急便

物流事業大手、佐川急便(以下、佐川)を傘下に置く純粋持株会社SGホールディングスの連結売上高は1兆1180億円。貨物の取扱個数は約13億個。保有車両は軽自動車も含んで2万6671台(2019年3月期)。従業員は約5万5000人で、うちドライバーは約3万人。宅配便の取り扱いではヤマト運輸(以下、ヤマト)に次いで業界第2位のシェアを誇る。

町を歩いていたら、青と白のストライプシャツを着た佐川のセールスドライバーが配達している姿をよく見かける。佐川やヤマトの宅配ドライバーを見かけることなく、1日が過ぎていくことはまずない。

“普通の人々”にとって宅配ドライバーは、コンビニエンスストアの店員と並んで毎日のように顔を合わせる身近な存在だ。ただし、彼らが現場でどういった仕事をしているのか、また、どういった現場の言葉を大切にしているかはあまり知られていない。彼らは仕事で何を大切にしているのだろうか。

■「ダイエットのため」に働く2児の母

山本絵理子は同社千葉中央営業所の営業課主任。入社4年目で、子どもが2人いる“ママドライバー”だ。全国の佐川のドライバー3万人のうち、1割は女性だ。そして、女性ドライバーの数は着実に増えている。

佐川には営業所が全国に428カ所ある。千葉中央営業所の従業員数は100名なので、同社では、中規模よりもやや大きい営業所と言える。最寄り駅はJR京葉線・千葉都市モノレールの千葉みなと駅だ。彼女たちが配送している先は、工場地帯と千葉駅周辺の商業地区である。個人宅はごく少なく、事務所、ショッピングビルのテナント、駅周辺の商店街、飲食街が主な顧客だ。なお、佐川はヤマト、日本郵便と比べると商業貨物、つまりBtoBが多い。個人向けは3割程度となっている。

では、山本はどうして佐川を勤め先として選んだのか。

山本は「ダイエットのためです」ときっぱり言った。入社のきっかけは、お金のためではなく、健康のためだった。

「出産前は医療事務として働いていました。でも、出産後って太るでしょう。痩せなきゃいけないと思って仕事を探していたところ、佐川では朝だけできる仕事があると聞いたのです。毎朝3時間だけ2年間、営業所で荷物の仕分けの仕事をしました。その後、会社から声をかけられ、トラックを運転して荷物の集配を行う“セールスドライバー”に転身しました。おかげさまで体重は5kg落ちました。今は少し戻りましたけれど」

撮影=石橋 素幸
千葉中央営業所 営業課の山本絵理子主任 - 撮影=石橋 素幸

■8時出社で、6時前には仕事が終わる

彼女はただ痩せたのではない。筋肉もついた。健康的にダイエットに成功した。スポーツジムに行くよりも、宅配ドライバーになるほうが効果があるのではないかと思わされる。

それもそのはず、彼女は1日に平均、数百個の荷物を配達し、200個の荷物を集荷する。それでも朝は8時に出社し、午後6時前には仕事は終わる。繁忙期の年末になると、配達数、集荷数ともに1.5倍から2倍に増えるというが、その時期を除けば残業はほとんどない。

「出社すると、まず仕分けをします。ルートを考えながら荷捌(さば)き場にある荷物を自分のトラックに積み込んでいく。積み方ひとつで配達時間が変わってきますから、積み込みをきっちりやるのが重要です。全体の量にもよるのですが、積み込みに1時間はかかります。

積み込みのセオリーは、後半に回る荷物をトラックの奥に入れて、最初に回る荷物を手前に積む。飲食店への配達もあるので、冷蔵・冷凍便は冷蔵庫・冷凍庫に入れます」

■再配達のエネルギーと燃料代はバカにならない

宅配の仕事は、晴れの日だけではない。雨の日も風の日も運ぶ。千葉だから雪の降る日は少ないとはいえ、雪が降っても仕事は休みにならない。雨の日はレインウエアを着て、荷物を濡らさないようにして配達する。

「駅ビルのテナントの場合は納品所があるのでそれほど濡れることはありません。駅前の商業地帯は一軒一軒、歩いて配達するしかないため、荷物は濡らさなくても私たちドライバーは濡れます。でも、雨や雪は仕方がありません。むしろ、慎重な対応を求められるのが、荷物のお届け時に在宅していないお客さまへの『再配達』です」

現在、宅配業界で最大の課題は再配達を減らすことだ。業界平均で2割の荷物が再配達に回るとされている。ドライバーが再配達にかけるエネルギー、車の燃料代はバカにならない。なんとか再配達を減らすために各社、知恵を絞っている。

「宅配便ボックスの設置」が解決のカギと言われているけれど、それが最上の策ではない。なぜなら、繁忙期は宅配ボックスがつねにいっぱいになるからだ。宅配ボックスに入りきらない荷物はドライバーが持ち帰ることとなる。また、そもそもスキー板、ゴルフバッグのように宅配ボックスには入らない大きな荷物も少なくない。これまたドライバーが持ち帰る必要がある。

■女性ドライバーならドアを開ける人がいる

もうひとつ、大きな問題は、「自宅にいても受け取りに出られない人」の存在だ。ベルを鳴らしても、たまたまトイレや風呂に入っている場合がある。また、「夜は怖いから」「すっぴんだから」といった理由で出られない人もいる。在宅と思われる場合でも、受取人が出てこなければドライバーは不在票を置いて、再配達するしかない。この問題はなかなか解決が難しい。しかし、山本が教えてくれた。

「女性ドライバーが配達すると、安心して受け取りに出てこられる同性の方は多いです」

佐川に限らず、業界が女性ドライバーを歓迎しているのは、こういう側面があるからだ。ドライバーが同性ならば、ひとり暮らしの女性も扉を開きやすい。夜遅くでも、すっぴんでも、ドライバーが女性なら安心感があり、抵抗感も小さくなるからだ。

ただ、それでもまだ再配達はなかなか減らない。不在が一度ではなく、次に訪ねても、またいなかった場合はどうなるのか。

配達荷物の保管期限は初回配達日を含む8日間だ(一部サービスを除く)。保管期限を過ぎてしまったら送り主に返送することになる。

撮影=石橋 素幸
女性ドライバーの配達に安心する女性客は多いという - 撮影=石橋 素幸

■相談されたら、まずは「大丈夫ですよ」

では、山本に限らず、佐川のセールスドライバーが大切にしている言葉とは何か。

「『こういう荷物は運べますか?』とお客さまからご相談をいただいたときは、まずは、『大丈夫ですよ』とお答えして、安心していただくようにしています。そしてどのような方法をとれば送ることができるかをお伝えしています。大きな荷物、重い荷物、梱包が難しい荷物でも、だいたいのものは運べるんです。ただし、宅配便の規定サイズを超えたものは、違う料金体系になりますけれど。

宅配便としてお預かりできる荷物は“260サイズの50キロまで”です。これはタテ・横・高さ3辺の合計が260センチまでということですけれど、これって結構な大きさなんです。たとえば、アパレルのお店で洋服を吊るすラックがありますよね。キャスターが付いたラックです。あれも宅配便で運べるんですよ。キャスターに“プチプチ”などエアパッキンと呼ばれる緩衝材を巻いて、ガムテープでしっかり固定していただければ運べます。物干しざおやサーフボードでも、緩衝材で梱包していただければ大丈夫です。

お客さまには、『まずは何でも聞いてみてください』と伝えています。私だってお客さまに尋ねられるまで、運べるかどうかを考えてみたこともないものがこの世にはたくさんありますから」

ちなみに、佐川は金魚など生き物も運んでくれる。ただし、宅配便として運ぶわけではなく、専門の要員が輸送する。

■真夏の町で冷えたペットボトルを渡される

彼女の話を聞いていると、セールスドライバーの仕事は単なる運送だけではないことがわかる。客が「これ、運んでもらえるのだろうか?」と疑問に思っているものに対して、運び方、梱包の仕方をアドバイスすることもまた仕事だ。コンサルティング業であり、接客業でもある。

佐川の現場では、「音を立てないように運ぶ」が合言葉のようになっている。10年ほど前からのことだ。経営者が号令をかけたのではなく、現場で自然発生的に始まったという。

「現場では『音を立てない荷扱い』と言っています。お客さまから荷物をお預かりしたときに、ポーンと音が出るような置き方はしない。音を立てないように、そっと置け、と。そういうふうに心がけていると、お客さまも『ちゃんとやってるな』とどこかで見てくださっているんですよ。今年もものすごく暑い日に台車で荷物を運んでいたら、町で出会ったお客さまから労うようにキンキンに冷えたペットボトル飲料を手渡されました。そんな経験も一度や二度ではありません。毎年夏になると、何度か経験します」

■基本的に「全力疾走」はしない

これまで宅配の現場は男性中心だったけれど、徐々に女性にとって働きやすいように変わっている。佐川を中核会社とするSGホールディングスグループでは2011年から「わくわくウィメンズプロジェクト」を始めた。会社全体で女性社員をバックアップしようというプロジェクトだ。山本は所属する営業所で、その責任者を務める。

「現場の女性社員が集まって話をする機会も多くあります。昔からいる社員に聞くと『ほんとうにずいぶん働きやすくなった。保育園に子どもを迎えに行くのが楽になった』と言われます。私のグループでも、『この人は家庭の都合で、何時には会社を出なければいけない』と情報を共有して、声をかける。私自身、子どものために帰らなければいけないときは、上司に、『今日は何時に帰りたいです、そのあとはお願いします』と言います。堂々と言って、みんなが早く帰れるようにすることが重要です。ですから、セールスドライバーは仕事と保育園のお迎えを両立できるんです」

佐川といえば、体格のいい佐川男子が年中疾走して荷物を運んでいるといったイメージだったが、実際は佐川女子が着実に増えている。イメージは変わりつつある。だが……。彼女たちもまた走って荷物を届けているのだろうか?

「お客さまに『走って届けるんですか?』と聞かれることがあります。でも、私たち、走るときもあるにはあるけれど、基本は全力疾走はしません。お客さまからお預かりした荷物を大切に届けることが第一ですから」(敬称略)

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野地 秩嘉(のじ・つねよし)
ノンフィクション作家
1957年東京都生まれ。早稲田大学商学部卒業後、出版社勤務を経てノンフィクション作家に。人物ルポルタージュをはじめ、食や美術、海外文化などの分野で活躍中。著書は『高倉健インタヴューズ』『日本一のまかないレシピ』『キャンティ物語』『サービスの達人たち』『一流たちの修業時代』『ヨーロッパ美食旅行』『ヤンキー社長』など多数。『TOKYOオリンピック物語』でミズノスポーツライター賞優秀賞受賞。
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(ノンフィクション作家 野地 秩嘉)