なぜ役所はすぐに「それは前例がありません」と言うのか

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 民間企業が行政と仕事をする中で必ず出くわすのが「それは前例がありませんから」という行政からの回答です。常に新しいことに挑戦し、市場を開拓し利益を出さなければならない民間企業にとって「前例が無い」という一言でプロジェクトが進まなくなることに理解できない方も多いでしょう。

 例え官民連携で新しいことをやりましょう!と進みだしたプロジェクトであっても、行政はすぐに「前例」を持ち出します。「そんなことでは新しいことはできないですよ!前例を作りましょう!」と叫びたくなる民間の気持ちも分かりますが、なぜ行政は「前例」にこだわるのでしょうかを知っておくことも大切かもしれません。

 これは民間と行政で行動を縛るチカラが違うために起こります。民間企業の行動を縛るのは”利益”です。どんな活動も(少なくとも長期的目線で)利益が出る見込みがないと企業活動は継続ができません。

 どんなに社会にとっていいことであっても、困っている誰かを救うことにつながるとしても、利益につながらないのであれば企業としてそこにリソースを割くことはできません。もちろん儲かることであっても法律に違反してはいけませんし、もしそのような違法行為があれば罰則を受けることになります。

 ただ、言い換えれば法律に違反しない限り、企業は儲かることは何をやってもいい、とも言いえるのです(厳密に言うと違法でなくても社会的制裁を受ける場合もありますが)。

“ルール”に縛られる
 では行政の行動は何に縛られるのでしょうか。それが法律、もっと広い意味で言うと明文化されたもの、されてないものを含めた“ルール”に縛られているのです。行政組織は行動をする上で利益につながるのか、そこに市場があるのか、について考慮することはありません。

 行政機関は決められたルールに従い、ルール通りに行動を進めているか重視します。市役所の窓口業務も細かいルールが決められていますし、地方自治体が国の事業を行う場合も細かくルールが決められています。もちろん国が活動する上でも同様で、法律に則ってそこからはみ出ないようにコトを進めようとします。

 しかし、どれほど細かく決められた法律であっても、実際に仕事を始めて進めていくと条項の解釈の仕方によっては、セーフかアウトかが分かれたりするケースや、そもそも明文化されてないケースが出てきます。

 その場合、ルールを作った国の機関に確認をすることもできるのですが、そのルールを作った当人達ですら判断できないケースも多いですし、聞く人によって回答が変わるということもあります(ちなみに、国や市が行う事業がルール通り適正に運用されているのかチェックするのは会計検査や監査委員などの第三者なので、ルールを作った当人がそれぞれのケースが適正かどうかを判断しにくい、という面もあります)。

アウトかセーフかの判断
 そこで、ルール通りに仕事を進めていかなければならない行政職員がアウトかセーフかを判断するときの拠り所になるのが「前例」なのです。これは裁判所が出す判例に基づいて法の解釈、運用を進めるという判例主義に近い考え方かもしれません。

 行政職員が法律などのルールと照らし合わせても判断できない場合、過去に同じようなケースではどうだったのか、どういう解釈をされたのかを参照します。そして運良く前例があれば判断できるのですが、残念ながら前例が見つからなかったときに出てくるのが「前例がありません」なのです。 

 また行政職員は公務員法という法律に縛られて仕事をしています。その地方公務員法の第29条には「法律若しくは規則等に違反した場合、懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる」という趣旨のことが書かれているのです。