アウトかセーフかの判断
 そこで、ルール通りに仕事を進めていかなければならない行政職員がアウトかセーフかを判断するときの拠り所になるのが「前例」なのです。これは裁判所が出す判例に基づいて法の解釈、運用を進めるという判例主義に近い考え方かもしれません。

 行政職員が法律などのルールと照らし合わせても判断できない場合、過去に同じようなケースではどうだったのか、どういう解釈をされたのかを参照します。そして運良く前例があれば判断できるのですが、残念ながら前例が見つからなかったときに出てくるのが「前例がありません」なのです。 

 また行政職員は公務員法という法律に縛られて仕事をしています。その地方公務員法の第29条には「法律若しくは規則等に違反した場合、懲戒処分として戒告、減給、停職又は免職の処分をすることができる」という趣旨のことが書かれているのです。

 会社員も自社の利益に貢献しない、会社に損害を与えた場合、減給や降格、解雇になりえるのと同じように、行政職員もルールに反したことを行うと罰則を受けることになります。

 ルールに則って仕事を進めなければいけない行政が条項と照らし合わせても判断できず、解釈の方法の指針になる前例も無いとき、「その施策を実行していいのかどうか前例が無いので判断できない」と言わざるを得ないのです。

「できません」ではない
 これを民間企業に置き換えると「その施策は儲かるかどうか、市場規模も競合の存在も分からないので判断できない」ということです。民間企業が市場規模も競合も調べないで新サービスを開発・リリースすることはありません。ある程度マーケットの分析を行い、利益が出る仮説をもとに事業計画がたって始めて動き出すはずです。

 行政職員もそれがルールに則った仕事かどうかの分析を行い、前例を調べ、適正であるという解釈ができる根拠を持ってはじめて行動ができるのです。

 誤解しがちですが行政が「前例が無い」というのは「できません」ということではありません。「前例が無い」のは民間の「儲かるかどうかわからない」と同じ意味なので、「ルール的に適正」という根拠探しを一緒に行うことができれば、民間でいう「これは利益が上がる仮説がたった」という意味となり行政も動きやすくなるわけです。

 官民それぞれリスクの定義が違うので相手を誤解してしまうこともありますが「社会の誰かの役に立つために仕事をしている」という目的は共有できるはずです。行政も民間も相手の立場を思いやることで、官民でよいパートナーとなる取り組みの一助になれれば幸いです。
(文=田鹿倫基・日南市マーケティング専門官)