『屋鋪要の保存蒸機完全制覇』(屋鋪要/ネコ・パブリッシング)
3月21日には書泉ブックタワーでトークショーも開かれるそうです。

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今年、球団創設80周年を迎えた読売ジャイアンツ。
メモリヤルイヤーを記念して、球団マスコットの「ジャビット」ファミリーに「おじいちゃんジャビット」が加わるのをご存じだろろうか?
背番号は球団創設年である「1934」。バットを杖代わりに、そして豊かなヒゲがトレードマークだ。

このマスコットを見たときに、真っ先に思い浮かんだのが、「屋鋪要は元気だろうか?」ということだった。

ジャイアンツの日本人選手では特例としてヒゲが認められた男、屋鋪要。
ゴールデングラブ賞5回、盗塁王3回のスーパースター、屋鋪要。
そして、スーパーカートリオとして一斉を風靡した屋鋪要。

なんと、機関車男になってました。

『屋鋪要の保存蒸機完全制覇』(ネコ・パブリッシング)が面白い。
雑誌『レイルマガジン』で連載された「目指せ!打率10割 屋鋪要の保存蒸機撮りつぶし」を一冊にまとめたものだ。

全国を巡るスポーツ選手が、趣味を活用して本を出したりメディア出演を果たす例がたまにある。
『第62代横綱大乃国の全国スイーツ巡業』や、ソフトバンク・阪神などで活躍した城島健司の釣り番組(城島健司のJ的な釣りテレビ)などがその例。
本書もまた、解説者として、野球教室で全国をまわる屋鋪が、その合間を縫って撮影した趣味の機関車写真が600枚以上並ぶ。
読み進めると、むしろ機関車撮影のために取材や野球教室を入れてるんじゃないかと思えるほど。
その情熱のかけ方から、屋鋪の「本気度」が伝わってくる。

でも、本書はマニアックな蒸気機関の世界だけをまとめたものではない。
訪問した先々での人とのふれあいが描かれ、蒸気機関の趣味を持つキッカケでもあるレイルファンだった父との思い出が綴られていく。
そして輪廻するように、屋鋪自身の息子と蒸気機関を巡る、初めての鉄道二人旅。
保存蒸機の記録集でありながら、屋鋪要のロードムービーであり、家族の物語になっているという不思議。

ただ、やっぱりというか、どうしてもというか、野球の話題が合間合間に差し込まれる。
表紙の文字からして「目指せ打率10割!」「盗塁王の挑戦!」って何のこっちゃであるが、そこがまたいい!
そして機関車写真が並ぶ中、唐突に挿入される、江川卓との対決シーン。
見開きでドーン!と機関車2台の写真があったかと思えば、次のページではドーンと「雨の横浜スタジアム、屋鋪要、会心の一発!」。
その微妙なさじ加減の部分に、屋鋪の人柄というか、サービス精神がにじみ出ている。

注目は、前原誠司との巻頭対談「わが青春の蒸気機関車」。
スーパーカートリオの話題から、盗塁王の話になり、
屋鋪が「1986年から88年、3年連続でいただきました」と語れば、
前原は「88年と言えば、函館本線でC623が復活した年ですね」と機関車の話に戻し、
屋鋪が「赤星君、松井稼頭央くん、荒木雅博くんが私の327盗塁の記録を抜いて、現在私は歴代22位です」と語れば、
前原は「ところで、保存機には327号機があるのでしょうか」とまた機関車の話に。

「結局、この二人だとベースを一周して機関車の話に戻ってしまいますね」と前原がまとめるのだが、今どきこんなのんびりした対談ってあるだろうか。
それでいて、全国のある保存蒸気機関車全601車輛をわずか7年で撮り切ってしまう極端な情熱と愛情。
趣味の世界でもなんでも、何かを極める人ってどこかアンバランスなところがあるんだなぁと再認識できる。

野球だけに捧げてきたからこそ、純真無垢に趣味に没頭できる潔さがある。
ひとつの世界を極めたからこそ、趣味の世界でも頂点を目指して、まっすぐに突き進むことができる。
そこがたまらなく羨ましい。
(オグマナオト)