スポニチ

写真拡大

 日本サッカー協会(JFA)は8日、元日本代表でU−20日本代表監督を務めた田中孝司(たなか・こうじ)さんが、5月26日に急性骨髄性白血病のため死去したと発表した。70歳だった。

 JFAは「日本代表として、またU-20日本代表監督として活躍された田中孝司氏が、5月26日午前7時20分、横浜市のご自宅で急性骨髄性白血病のため、逝去されました。70歳でした。ここに謹んで哀悼の意を表し、お知らせいたします」と訃報を伝えた。通夜、告別式は親族にて執り行ったという。

 1955年11月2日生まれ、埼玉県出身の田中さんは、明大を経て日本鋼管サッカー部(のちのNKK)に加入。日本代表にも選出され、国際Aマッチ通算20試合3得点を記録した。

 1988年の現役引退後はNKKコーチを経て、世代別日本代表の監督を歴任。1994年にはU―20日本代表監督をとしてアジアユース選手権で準優勝し、日本史上初めてアジア予選を突破してFIFAワールドユース(U-20ワールドカップ)出場権を獲得。翌年の本大会でもチームをベスト8へと導いた。Jリーグでは名古屋、湘南の監督を務めた。