画像提供:マイナビニュース

写真拡大

ボルボのアフターセールス世界大会で見えたもの

クルマはメーカーが作り、ディーラーが売るものだが、それぞれのビジネスは性質を異にするため、販売台数についての考え方にも少し違いがある。ディーラーにとって新車販売と同等か、それ以上に大事な仕事とは何か。ボルボの“世界大会”を取材して考えた。

ボルボの「VISTA」とは何か

ボルボのアフターセールスに関する技能競技大会「VISTA」(Volvo International Service Training Award)の国内最終決戦が、4月半ばに開催された。ここで優勝したチームは、6月にスウェーデンで開かれる世界大会に出場することができる。この技能大会は2年に1度開催され、一昨年の世界大会で日本チームは43カ国中5位に入っている。

○アフターセールスの世界大会で何を競うか

アフターセールスとは、新車販売後にディーラーに持ち込まれるクルマの点検・整備などを指し、顧客にボルボ車を快適に使い続けてもらう上でディーラーの重要な業務だ。このため、点検・整備の技能向上を図る目的でVISTAが行われている。スウェーデン本国では1976年に始まり、日本では1980年からの実施で今年が20回目となる。

大会の特徴は、単に整備士(ボルボではテクニシャンと呼ぶ)の技能の優劣にとどまらず、顧客への応対を含め、ディーラー一丸となったサービス提供の良否を審査するところだ。販売だけでなく、アフターセールスにおいても顧客満足度を向上させることに重点を置く。

また近年は、クルマに電子装置が入り込み、電気やデジタル信号で機器を機能させる仕組みが増えているため、今大会では、故障診断機を用いながら、正しい手順にそって点検整備が行われることが審査対象となった。手順を間違えば的確な修理に結びつかなかったり、修理に余計な時間を要したりするからだ。

取材したのは全国248チーム、643名の参加者から3回の学科審査を経て、その後に接客のロールプレイや整備の実技審査を通過したセミファイナル30チームから、さらに絞り込まれたファイナル10チームによる最終決戦の大会だった。

●ディーラーにとって新車販売は“種まき”

○業界全体が力を入れるアフターサービス

実技審査では、会場に物音ひとつしない静かな戦いとなった。スパナなど工具を使った機械的整備ではなく、故障診断機を用いながらのコンピューターを使った原因究明と、修理に至る手順が重視された審査であったからだ。

実技審査の後には、修理を完了したクルマを顧客に渡す際の作業説明を中心としたロールプレイへと進む。ここでは、整備士自らが顧客に修理内容を伝えるうえで、メカニズムをいかに分かりやすく説明できるかが問われた。また、カーナビゲーションなどの使い方を適切に説明できるかなども審査された。

各チームとも、実技が55分、ロールプレイが15分の熱戦を経て、ボルボ・カー横浜西口(株式会社ワイズカーセールス)チームが優勝した。ボルボ・カー多治見(株式会社中根モータース)は2位、ボルボ・カー相模原(株式会社ワイズカーセールス)が3位という結果で、1位のチームは世界大会での技能競技に出場する。2〜3位も6月の世界大会へ招待され、研修を受けることができる。

新車を販売する営業担当者のトレーニングや審査会が、メーカーやインポーター(輸入業者)それぞれに行われていることは比較的、知られるところだろう。しかし、今回のような整備士のトレーニングとそれに続く技能競技大会も、ボルボだけが行っている取り組みというわけではなく、多くのメーカーやインポーターが実施していることなのだ。

整備士の熟練は、顧客にとって欠くことのできない要素であるばかりでなく、ディーラー事業においても、大切な顧客を他のメーカーに奪われないため、きわめて重要なことであるからだ。

○ディーラーの利益面に占めるアフターセールスの重要性

自動車販売ディーラーにおける事業の柱は、点検・整備などのアフターセールスと中古車販売、そして自動車損害保険の3つであるという。もちろん、新車を何台販売したかの数値は重要で、ディーラーの売上高ではアフターセールスと並ぶ位置づけだ。しかし、利益としてはアフターセールスが圧倒的であり、新車販売はそのための“種まき”との声もあるほどである。

一方、整備士の技術向上へ向けた取り組みは従来から行われてきているが、整備士自身が顧客に対し自分が行った作業を説明する、つまり顧客の前に出ることはあまりなかった。サービスフロントと呼ばれる人材が、顧客と整備士との橋渡しを行ってきたからだ。

ところが近年は、野菜などの販売においても、栽培した農家を紹介するなど作り手の顔を見せることが品質の信頼を得る手段に用いられるようになってきた。クルマの場合でも、担当した整備士自身の言葉で顧客に原因と結果を説明することで、ディーラーと顧客との信頼関係をより強く結びつけることが、顧客満足につながるとの考えが現れた。

ボルボ・カー・ジャパンが実施した技能競技大会は、まさにその事実を表している。言葉巧みというわけにはいかないかもしれないが、技能に優れた整備士自身が、自分の仕事を顧客に説明することで、ディーラーと顧客の絆は深まる。整備士自身にとっても、己の仕事に誇りや意欲を感じられるようになるというわけだ。こうして、新車販売の営業担当だけでなく、アフターセールスの面でも、ディーラーが顧客と強固な信頼関係を結ぶことが求められているのである。

●ディーラー訪問回数は激減、絆づくりは死活問題

○選ばれるブランドであり続けるために

インターネットの普及により新車情報が容易に入手でき、価格の比較も画面上でできるようになり、顧客のディーラー訪問回数が激減した今日、顧客との結びつきを強化することは、将来へ向けたディーラーの死活問題となる。ひいてはそれが、メーカーの存続をも左右することになる。

選ばれる銘柄であるために、時代は新たな取り組みを求め、そのための創造力が経営には求められている。そこを強く意識するボルボ・カー・ジャパンの木村隆之社長は、以前のインタビューでCS(顧客満足度)ナンバーワンを目標に掲げていると話した。それは、営業だけでなくアフターセールスも含むということである。

クルマの進化で点検・整備は「頭脳労働」に

もう1つ、クルマの点検整備の仕方が新しい時代を迎えている点も見逃せない。サービストレーニングを担当するボルボ・カー・ジャパン能力開発グループの牛島淳氏は、「かつてのように、経験をもとに故障原因を探して修理することが難しくなってきています。例えば、今回のVISTAで競技車両として用いたのは『XC60』のPHEV(プラグインハイブリッド車)で、故障の症状は、起動後にシフトポジションを『P』(パーキング)から『D』(ドライブ)あるいは『R』(リバース)へ入れても、『P』に戻ってしまうという内容です。PHEVの場合、シフト操作は『バイ・ワイヤー』になっており、機械的に原因を探っていくことができません」と説明する。

「バイ・ワイヤー」とは、スイッチと作動部分が物理的に直接つながってはおらず、スイッチ部の操作をデジタル信号化し、モジュールを経由して操作部へ伝え、データ通信によって作動部分が稼働する仕組みである。ジャンボジェット機のような巨大な航空機の操縦で始まった手法であり、現在ではクルマにも応用されている。これによって、ハーネスと呼ばれる配線を大幅に減らすことができ、それは軽量化につながり、燃費や操縦安定性の向上に貢献する。

ただし、故障診断機が全てを解決してくれるわけではない。「診断機を使い、コンピュータとクルマの対話から故障を判定し、整備や修理につなげる。頭を使った整備の過程を組み立てられる人材が必要になっています。それによって、敏速かつ正確に整備ができるようになります。ただし、基本的な整備の知識が無いと、点検・整備の組み立てはできません」と牛島氏は話す。

さらに、クルマの各種操作の説明も営業任せでなく、サービスに関わる人間も知っている必要があると牛島氏。

「スウェーデン本社では、クルマの機能が多様化しても人の操作は簡素にとの考えで、ボタンスイッチを減らし、(センターディスプレイの)タッチ操作によるスワイプや音声入力を活用した開発をしています。『センサス』(SENSUS)は定期的にアップデートされていくので、最新状態に更新することで機能を充実させていくことができるからです」

最新のボルボ車では、「センサス」と呼ばれる統合的な操作系を導入している。カーナビゲーションの地図情報を含め、これらが納車時の設定からアップデートされたあとは、アフターセールスが顧客へ案内をしていくことになるはずだ。

「アフターセールスの担当者が学んだり覚えたりすることが増えている」と牛島氏は語る。ディーラー経営の根幹をなすアフターセールス部門の重要度がますます高まっているといえるだろう。そこにおいて力量を発揮するのはやはり人であり、働く意欲と向上心が欠かせない。人材確保のため、この技能競技大会には自動車大学校の担当者も見学に招待されていた。今年から内容をさらに進化させたVISTAは、ディーラー経営の将来を見据えた挑戦的技能競技大会となったのである。