「知華は学校が大好きだった」辺野古沖転覆事故、死亡生徒の両親が初会見で語った葛藤…11人を刑事告訴
「なぜ知華が死ななければならなかったのか」──。
沖縄県名護市の辺野古沖で今年3月16日、同志社国際高校(京都府京田辺市)の研修旅行中の生徒らが乗った船2隻が転覆し、2年生の武石知華さんと船長の金井創さんが死亡した事故をめぐり、武石さんの遺族が学校側と船を運航した団体側の計11人を業務上過失致死傷容疑で刑事告訴していたことがわかった。
武石さんの遺族と代理人が7月30日、東京・霞が関の司法記者クラブで記者会見を開いて明らかにした。
告訴状は校長、学年主任、引率教員のほか、ヘリ基地反対協議会の関係者ら計11人を対象とし、7月13日付で受理されたという。
事故後、両親はこれまで「note」などで思いを発信してきたが、記者会見を開くのは今回が初めて。
父親は刑事告訴に踏み切った理由について「私たちが求めていることは一貫して変わりません」と述べ、次のように語った。
「なぜ知華が死ななければならなかったのか。真相が余すところなく明らかになること、責任の所在が法に基づいて明らかにされること、そして二度と同じ事故が起こらないこと」
そのうえで、捜査機関に厳正な捜査を求めるとともに、学校など関係者に対し、捜査への全面的な協力を呼びかけた。
●遺族側「学校が止められる機会があった」
遺族側によると、刑事告訴は「4カ月間の葛藤の末の決断」だったという。
また、学校には乗船を止められる機会が「少なくとも4層にわたってあった」と主張。
「下見をしてやめる。やめないのであれば、まず安全の打ち合わせをする。十分な計画を立てる。当日、教員が一緒に乗り、結果を正確に報告する。この4層のうち、どれか1つでも実行されていれば、知華は死んでいません」
一方、船を運航した協議会側についても、「修学旅行生を乗せることが本当によいことだったのか。安全面も含め、検証する人たちがやはりいなかったんじゃないか」と述べ、運航体制に問題があったとの認識を示した。
また、夏休み期間であれば、生徒への影響を最小限に抑えながら捜査を進められると考え、この時期に告訴したという。
遺族代理人の唐澤英城弁護士は、学校と協議会の双方に事故防止の責任があったとしたうえで、次のように述べた。
「生徒の船長である学校も、一人の船長なわけだから、学校側とヘリ基地反対協議会側が話し合い、計画を立て、準備をする責任があり、それが尽くされていれば、この事件は起きなかったのではないか」
●「同じ思いをする親が二度といないように」
突然、最愛の娘を失った遺族の悲しみは今も癒えていない。会見では両親が何度も言葉を詰まらせ、涙を流す場面もあった。
母親は事故後を振り返り、「四十九日までは、自分が生きてるのかもわからないような感じで過ごしていた」と語った。そのうえで、学校を告訴することへの葛藤を語った。
「知華は学校が大好きだったので、先生を告訴するということが、いいのかどうかを悩みながらだった。それでも知華の死に対して、きちんと責任は取ってもらうべきだと思います。私みたいな思いをする親御さんが二度といないように」
●学校側と協議会「捜査に全面的に協力」
学校法人同志社は7月28日、海上保安庁の家宅捜索を受けたことを公表し「厳粛に受け止め、当局による要請に全面的に協力してまいります」とコメントした。
また、ヘリ基地反対協議会も同日付の文書で「海上保安庁による捜査・原因究明に対し、真摯に協力してまいります」と表明している。いずれも刑事告訴には言及していない。
会見では、事故当時に海上で撮影された映像も上映された。
学校側は7月31日に会見を開く予定としている。

