【清水 芽々】働けない母親を「パパ活」や「愛人業」で養ってきた女性…自らの人生を振り返って抱いた「偽らざる思い」
民法上、直系血族は互いに扶養義務があるが、子どもから親に対する扶養義務は「生活扶助義務」であり、「自分の生活を犠牲にしてまで養う必要はない」という大前提で成り立っている。にも関わらず、生活どころか人生を犠牲にして母親を養い続けた女性がいる。
東京都内在住の速水夏希さん(仮名・33歳)は、小学校時代から20年以上、自身の稼ぎで母親の智子さん(仮名・53歳)を養ってきた。
前編記事『小学生から「働けない母親」を養っていた女性…公園で声をかけてきた中年男性に持ち掛けられた「1時間1万円の仕事」』より続く。
愛人男性に「別の男性との関係」がバレて…
小学生時代は公園で中年男性相手に”モデル”となって撮影をさせ、中学進学後はパパ活をして生活費を稼いだ。そして高校2年の時、夏希さんは高校入学直後に知り合ったA氏(40代)から「正式な愛人にならないか?」と誘われる。
「Aさんは貿易業を営んでおり、都内にビルをいくつも持っている相当な資産家でした。同世代の奥様がいましたが、『10代にしか興味がない』と言っていました。優しかったし、私が嫌がるようなこともしない紳士だったので、愛人に収まることにしました」
夏希さんはA氏の援助で大学に進学することになり、智子さんにもA氏を紹介した。
「この人の世話になることにしたから」
夏希さんがそう伝えると、A氏は「私には家庭がありますが、夏希さんのことは悪いようにしません」と挨拶。智子さんはしばらく黙った後、「娘をよろしくお願いします」と頭を下げたという。
「Aさんが帰った後、母は『愛人ってことだよね?』と聞いてきました。『そうだよ』と返したら、また『アンタが良いなら』と。自分に生活力がなくて、娘に食べさせてもらっている以上、他に言いようがなかったんだと思います」
学費の他に毎月20万円の「お手当」をもらいながら大学に通った夏希さんは、卒業後、A氏の会社に就職する。
「貿易業を営むAさんの役に立てるように、大学では語学を学びました。英語と中国語はビジネスの場でも難なく話せるレベルになりましたし、簡単な日常会話程度だったらポルトガル語やフランス語も話せます」
A氏の秘書として働き始めると、語学堪能で容姿端麗な夏希さんは取引相手から目をつけられることも多かった。大口の顧客だった30代のレストラン経営者・B氏に口説かれて男女の関係になってしまう。
「これがAさんにバレて修羅場になりました。怒りのあまりAさんはBさんとの取引を止めてしまい、会社は大打撃を受けました」
40歳上の男性と結婚
ここでAさんと夏希さんの10年近くに及ぶ関係は解消された。会社を辞めた彼女は、キャバクラで働くようになる。
夜職は初めてだったが、ビジュアルと堪能な語学力であっと言う間に頭角を現した夏希さんは、老舗洋服メーカーの社長であるC氏(73歳)に見染められる。
「40歳も年上のCは、父親のような存在でした。『これまでみたいな生活には終止符を打って、のんびり暮らしてみないか?』と言われて、愛人になることにしました」
その後、1年もしないうちにC氏の妻が急逝。夏希さんはC氏の自宅に通って家事や身の回りの世話をするようになり、今から2年前にプロポーズされた。
「私にまともな結婚は難しいと思ったし、する気もなかったので、こういう落ち着き方もアリかなと思いました」
夏希さんは「母親の面倒も見てくれるなら」という条件付きでプロポーズを受け、現在は東京郊外にC氏が新たに建てた豪邸に3人で暮らしている。
「入籍の時にCは会社を息子に譲り、経営からは一切手を引いて隠居生活に入りました。財産分与も済ませましたし、Cの身内からも『死ぬまで面倒を見てくれるなら』ということで特に結婚に反対もされなかったですね」
「自分の人生を恥だと思ったことはありません」
「幸いCは、まだ介護の必要はなく元気に暮らしています」と笑顔を見せる夏希さん。
「私の人生はずっと男頼みでしたけど、そのお陰で母も私も無事に暮らせたと思っています。私なりに、相手とは誠実に向き合ってきたと自負しているので、恥だと考えたことはないです。搾取したつもりもされたつもりもありません」
取材を通じて、夏希さんは機転の利く、非常に賢い女性だと感じた。別の生き方もあったかもしれないが、形はどうあれ、文字通り身体を張って母親との暮らしを支えてきた夏希さんの生き方に、汚点はないように思う。
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