「頭蓋骨がパックリ割れた」4トントラックに轢かれ車両の下敷きに…表舞台から“突然”姿を消した人気アニメ声優が明かす、凄惨な交通事故の一部始終〉から続く

 アニメ『日常』の東雲なの役などで知られる声優の古谷静佳さん(37)は2015年、27歳の誕生日を目前に、深夜の交差点で4トントラックに巻き込まれる交通事故に遭った。一命は取り留めたものの、頭蓋骨骨折、くも膜下出血を負い、事故後には一時的に数字を理解できなくなるなどの異変もあった。

【画像】4トントラックに轢かれ頭蓋骨骨折の重傷を…交通事故に遭った日の古谷静佳さん(当時26歳)

 退院後、古谷さんは声優からの引退を発表する。なぜ一度声優という仕事を手放すことを選んだのか。当時の心境を振り返った。(全3回の2回目/最初から読む)


古谷静佳さん ©佐藤亘/文藝春秋

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左半身の麻痺で普通に歩けない状態「『これは治るのかな』って」

――入院中はどういうリハビリをされましたか。

古谷静佳さん(以下、古谷) 左半身の麻痺もあって、普通に歩けない状態だったので、手すりにつかまりながら歩くところから始めました。ただ最初はそれもうまくできず「これは治るのかな」ってすごくショックでした。

 左が麻痺していたので、リハビリで左を動かせるようにするためになるべく左を使って行動を取るようにしていて、左手でご飯を食べるように言われていましたし、日記も左手で書くようにしていました。

――交通事故では頭を強く打ち、くも膜下出血にもなりました。頭には異変はありませんでしたか。

古谷 最初は言葉をうまく発声できませんでした。あと数字がわからなくなってしまって。時計を見ても何時なのか数字が理解できないんです。1桁の足し算はできるんですけど、2桁、3桁になるとわからないし、掛け算や割り算がもうできない。なので、数字の勉強もして、だんだんと治っていきました。

 ほかにもひらがなの練習から始めたり、小学校の低学年の勉強からやり直す感じでしたね。ただ漢字はもともと苦手で、漢字のテストをした際に点が良くなくて、お医者さんが「これはちょっと重症かもしれない」と心配されたので「もともと、結構バカですよ」と正直に伝えました(笑)。

「あなたとあそこに行ったね」と言われても思い出せない記憶

――事故後は記憶がなくなっている部分がかなりあったそうですね。

古谷 はい。学力の部分は徐々に元に戻ったんですけれど、記憶の方は戻りませんでした。そもそも自分の中でも何を忘れたかをよく分かってないんです。家族に「あなたとあそこに行ったね」と言われても覚えていない。割と大人になってからの出来事はもう覚えてなくて、思い出せないままのものがいっぱいあります。

――ある時期の記憶がぽっかり抜けている感じですか。

古谷 部分的に所々なくなっている感じです。どうってことない記憶よりも、旅行であったり、イベントであったり、自分の中で印象に残っていたはずの記憶の方がなくなっているんです。

 そういう時っていっぱい写真を撮るじゃないですか。スマホの中に写真が残っていたりするんですけど、そういう写真を見ると「この人とここに行ったのか。その記憶がなくなっているんだな」と分かります。ただ生活する上で困っていないので「忘れちゃってるんだな」みたいな感じで今は思っていますね。

「生きたいと思いました」入院生活で支えになったものは

――大変な入院生活で支えになったものはありましたか。

古谷 なんだろう。生きたいと思いました。特に希望もなかったんですけど、絶対治すぞという思いは強く持ってましたね。あと、変に眉毛を抜いたりしてました。

――眉毛を抜く?

古谷 そんな状態なのに、見ためは綺麗にしておきたいという、ちょっとしたモチベーションはあったんです。あとは「髪を洗えて綺麗になった」「お風呂に入れて気持ちいいな」「お見舞いに来てくれた人が持ってきてくれたお菓子が美味しいな」とか。そういうちょっとした幸せ、普通に生きてたら感じないようなものに幸せを感じられるようになっていて、それも支えだったかもしれないです。

 それに家族ですね。自分のためにというより、家族を悲しませたくないから、元気にならないとみたいな気持ちはあったと思います。

――トータルで入院期間はどのくらいなんですか。

古谷 半年ちょっとでした。入院当初はポジティブだったんですけど、だんだんネガティブになってきちゃって。

 閉じ込められてる状態ですし、お医者さんに日記をつけるよう言われていたんですけど、最初は「今日はこれできた」「誰々さんに会えた」と書いていたんですが、だんだん「ここから出たい」となって。最後はなんとかいろんな条件付きで退院させてもらいました。

退院してから「声優という仕事をリセットしよう」と思うまで

――退院の際は安堵されたんじゃないですか。

古谷 うーん、すがすがしい気持ちではなくて。うまく社会復帰できるのかという心配もあったので。退院時はまだ普通に歩けず、ペンギンさんみたいな感じにトコトコトコという歩き方だったんです。乗り物に対しての恐怖もあって。退院してからもリハビリとして、近所をちょっとの距離だけ歩いて帰ってくるというのを繰り返していました。

 退院後しばらくしてから、すごくお世話になったバイト先の人から「ある程度動けるようになったら、うちでちょっとずつ働いてみたらいいんじゃない?」と声をかけてもらって、もう無理のない程度に働かせてもらうようになりました。

――どんなアルバイトだったんですか。

古谷 働いたのは韓国料理屋だったんですけど、ホールとして小さい料理を運ぶところから始めて、時間もまずは3時間くらいから働かせてもらえて。それはすごくありがたかったです。

 退院してからはただ生きてるだけ、ただ歩いているだけ、ただご飯が食べられるだけで感謝を感じていて。アルバイトできているという事実だけで、幸せに感じていました。その気持ちが徐々に大きくなって、一旦声優という仕事をリセットしようという思いに繋がっていきました。

最終的に引退を決めた理由は…「私の代わりはいると感じて」

――その前までは声優として復帰も頭にはあったんですね。

古谷 どうしようかなって感じでした。ちょうど交通事故に遭った時期は仕事がうまくいっていない時期でもあったんです。自分なりに、短い期間だったかもしれないけどがむしゃらに頑張ってきた。

 一方で、これはどのお仕事でもそうですけど、嫌なこともいっぱいある中で、声優という仕事が嫌いになっちゃう時もありました。それでも何とか頑張ってきたけれど、うまくいかない。仕事をしている上ではよくあると思うんですけど、休まないと壊れるなとも考えていて。一旦リセットしたいって気持ちが、入院中にどんどん大きくなっていっていました。

 あと入院したことでお休みをしないといけない仕事があったんですけど、しょうがないことなんですけれど私の代わりはいるということもすごく感じていて。

――代役が立てられたということですか。

古谷 そうです、そうです。結局、私が戻れないままなこともあって、代わりの子が仕事を引き継ぐということもあって。入院中もSNSを更新していましたし、私の復帰を待ってくれているファンの方たちの声も見ていたんですが、同時に復帰は簡単じゃないなとも思っていました。

 声優としての仕事もうまくいかず、これからどうやって生きていくんだろうと考えた時に、他の道も選択肢の中に入ってきて。一人の人間として、人生を楽しもうかな、やりたいことをやってみようかなと思って引退を決めました。

Twitterで引退発表→ワーキングホリデーで韓国へ

――2015年末にTwitterで引退発表したわけですね。

古谷 その時はフリーでしたので、理由とかを言わず「辞めます」と言ったと思います。本当にさらっと、入院したことをきっかけに「普通の古谷を楽しみたい」と書いたかもしれないです。実は当時のアカウントは鍵アカにして、その後にパスワードを忘れてしまって私自身開けないので何を書いたか忘れてしまって(笑)。

――そうなんですね(笑)。その後はどうされたんですか。

古谷 まず化粧品に興味があったので、美容を学びたいと語学留学をかねてワーキングホリデーで韓国に行きました。

――ただ事故の後ですし、海外は親御さんは心配しませんでしたか?

古谷 実際、韓国に向かう飛行機内では、事故のトラウマで恐怖を感じていました。

 ただ、その後は問題は特になく、楽しく生活してましたね。語学学校に行きながら友達を増やして、毎日遊んでたっていう感じです。韓国留学の時は交通事故の2、3年後だったのでもう全然元気でした。

 ずっと韓国にいるつもりだったんですね。そっちで仕事をしたいと思ってたんですけど、韓国にいると日本の素晴らしさに気付いて、やっぱり日本だってなって。韓国にいる期間で韓国は満足してしまって。それで帰ってきた感じですね。

――帰国後はどんな仕事を?

古谷 一番最初はAGAクリニックのカウンセリングをしてました。それをしながら美容の勉強や資格を取ったり、もう普通の一般社会で生きていくっていう気持ちに完全にシフトしてましたね。

――AGAのカウンセリングで働いていたということですが、声優であることが、お客さんにバレたことはなかったんですか。

古谷 なかったですね。意外とバレない。AGAクリニックのほかにも脱毛のクリニックで働いて、毛のスペシャリストみたいな感じでやってたんですけど、そこでは「何か芸能の仕事とかしてます?」っていうのはよく言われていました。声が特徴的らしくて。声については本当に普段からよく言われます。ショップにスマホの契約に行く時も「なんか声優さんみたいですね」とか言われます(笑)。

〈「自分の名前で検索すると『死亡』と出てくる」4トントラックに轢かれ頭蓋骨骨折の重傷を負った人気アニメ声優が語る、事故が“人生に与えた影響”〉へ続く

(徳重 龍徳)