健康を保つにはなにが重要なのか。精神科医の和田秀樹さんは「日本で使われている健康にまつわる数値は『平均値』に基づいており、信憑性が高いとはいえない。高齢者の場合、医者の助言を信じて、『やりたいこと』を我慢するほうが問題になりやすい」という――。

※本稿は、和田秀樹『90歳の幸福論』(扶桑社)の一部を再編集したものです。

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■「個人差」が無視される現代医学

なぜ、医者の言葉は信用ならないのか。その最大の要因は、現代医学では「個人差」というものを考慮していないからです。

みなさんもご存じの通り、人間には誰しも個人差が存在します。

顔かたちや身長、体重がそれぞれによって違うように、体質も人によって大きく違います。同じものを食べても、お腹を壊す人がいれば壊さない人もいる。同じような生活スタイルを送っていても、寝たきりになる人がいればピンピンしている人もいます。

これらを分けているのは、あくまで「個人差」です。

世間で言われる健康法の多くは、個人差を考えていません。すべてはデータに基づいた確率論でしかないのです。

多くの医者は、「長生きするためにはこうしろ」「寿命を延ばすためには、こうした健康法がいい」と言いますが、それはあくまで過去のデータ(しかも、通常は外国のもの)に基づくもの。あくまで、「こうしたほうが長生きする可能性が高い」「こうしたほうが健康になれる可能性が高い」ということをエビデンス(証拠)と称して出しているだけなのです。

■医者は患者に「多数派」の方法を勧める

たとえば、「朝食を食べるのは健康によいのか」を調べる調査が行われたとしましょう。その結果、「毎日、朝食を食べたほうが健康にはよい」という人が7割、「朝食は食べないほうが体の調子がよい」という人が3割との結果が出たとします。

結果だけを見ると、「7割の人が『よかった』というのなら、朝食を食べたほうが健康にはいいのではないか」と思う人が大半ではないでしょうか。実際、医師の多くもそう考えるため、患者さんにはデータ上でより多くのよい結果が出た方法を実践するように伝えます。

成功率が高い選択肢を取ることは理論的に正しい考え方ではありますが、人間は個人差が大きいので、調査に基づいたエビデンスを出したとしても、その通りにならない人が少なからず存在します。

もしかしたら自分の体質によっては、「朝食を食べないほうが体によい」可能性も3割残されている。個人差を無視して、その可能性を考慮しなかったせいで、医師の言葉とは全く逆の効果が表れる可能性もあるのです。

■欧米の健康法をそのまま導入する日本の医師

医者の言うことが当てにならないもうひとつの理由は、日本の医療業界では外国の調査データや健康法をそのまま適用する点です。

人には個人差があるように、人種間にも体質的な差があります。そのほか、文化的な背景も食文化も違います。だから、外国人では効果のあった薬や治療法が、日本人に対しても同じように効果があるかはわかりません。それにもかかわらず、人種差や文化的背景を考えずに画一的な治療法や健康法を行うことは、逆に危ないと私は思います。

たとえば、日本では盛んに「肉食は体に悪い」と喧伝(けんでん)されてきましたが、これも欧米の健康法をそのまま導入しているからです。

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肉食中心で肥満が多い欧米では、多くの国で死因の1位が心疾患です。肉類を食べると動脈の壁にコレステロールが溜まって、血圧が上がり、血管が詰まりやすくなると考えられています。結果、心筋梗塞が起こりやすくなるので、欧米の医者たちは「肉を食べすぎるな」と患者に伝えるのです。

ただ、日本の場合、この忠言が当てはまるのかは、はなはだ疑問です。

■日本の高齢者は積極的に肉を食べるべきだが…

たしかに近年は日本人の食生活も欧米化していますが、食文化や体格の違いから、実際に肉を食べる量は欧米人よりも日本人のほうが圧倒的に少ない。日本人の食生活や体格などを見ていると、欧米人と違って肉の摂取を減らす必要はないのです。

さらに、欧米人と日本人でその死因は大きく異なります。欧米人の死因の第1位は心疾患です。一方、厚生労働省が発表した令和3年(2021年)の「人口動態統計」によれば、日本人の死因の第1位はがん(腫瘍)で26.5%、第2位は心疾患(高血圧症を除く)で14.9%、第3位は老衰で10.6%、第4位は脳血管疾患(7.3%)です。そもそも欧米人よりも心筋梗塞のリスクが少ない日本人が肉食をやめたところで、それほど健康に影響があるとは思えません。

むしろ、肉は効率的にタンパク質を補給できる食材なので、高齢者は積極的にとるべきです。にもかかわらず、日本の医学界では、「高齢者は肉を食べないほうがいい」と喧伝する。これは由々しき事態でしょう。

人種が違えば、体のつくりや食生活も違うので、健康常識が変わるのは当然のこと。本来は、日本人の食事量や体質に即した健康法を伝えるべきなのに、データのない日本は欧米に倣(なら)って表面的に、「肉食を控えるように」と患者に伝えることしかしないのです。

■間違った健康法によるストレスのほうが怖い

なお、先ほど日本人の三大死因の1位はがんだとお伝えしましたが、それは世界的に見て日本人に不安症が多いことも一因でしょう。

ストレスを溜めがちな日本人ならば、むしろ食生活をそこまで厳しく管理せず、食べたいものをしっかり食べるほうが健康にはプラスかもしれません。しかし、間違った健康法によって、抱えなくてもいい食生活の我慢が募った結果、ストレスによって免疫機能が低下してがんになる人も増えているように思います。実際、先進国の中でがんによる死亡が増えているのは日本だけです。

「医師の言葉を聞きすぎなくていい」という提言は、食生活に限らず、すべての健康法に言えることです。日本人は本当に真面目で不安症が多いため、ちょっとした数値の異常でも真面目に医者の言葉や世間の常識に従ってしまいます。でも、そんな行動がストレスを溜める要因になって、病気を引き起こしたり、豊かな人生を阻害する要因になることもあります。

根が真面目な人が多いからこそ、日本人は思う存分「やりたいこと」をやるくらいのほうが、ちょうどいいのです。

■実はあやふやな「健康」の定義

あなたはいま健康ですか? それとも不健康ですか?

そう質問されたら、みなさんはどう答えますか?

実は、「健康」という言葉の定義は、なかなか難しいものです。健康診断などの検査データがすべて正常ならば健康と言えるのか。それとも、体が何不自由なく動くのが健康なのか。

世間一般には「健康寿命」という単語も一般的になりましたが、これも元はといえば「自分自身が健康だと思いますか?」という問いに対して、「はい」と答えた人の人数と年齢によって算出されています。つまり、自分が健康だと思っているかどうかという主観で決められているのです。

足腰が弱って動けない人が、「自分は健康です」とは答えないと思いますが、ほんの少しの不調であっても薬を飲んでいたら「自分は不健康だ」と思うかもしれないし、同じ状況でも人の手を借りずに毎日を楽しく過ごせているのであれば「健康」と考える人もいるでしょう。

実は、健康とは回答者の主観的な部分が、大いに関係しているのです。

■健康診断の数値を信じなくていい理由

「健康とは、健康診断などの数値が正常な人ではないか」と思う人もいるでしょう。

健康診断を受診した際、つい気になるのが自分の数値。果たして今年も正常値だっただろうか……とドキドキする方も少なくないはずです。そして、正常値でなかった場合は、焦って対策を取ってしまう。

しかし、この「正常値」についても、あまり気にしなくていいと私は思っています。なぜなら、健康診断などのデータも、その人が健康かどうかを証明する根拠となるかというと、はなはだ疑わしいものだからです。 

健康診断などにおける正常値や平均値という数値は、あくまで相対評価で決まります。

日本の健康診断は、「一般の人の平均」を中心に上下95%の人が「正常」とみなされ、この平均の上下95%よりも数値が高すぎる人や低すぎる人は「異常」とみなされます。しかし、「異常」とみなされた数値の人々の健康状態が悪いのかというと、必ずしもそうとは限りません。

数値が正常でも病気の人はいますし、数値が異常と判定されても健康体の人もいます。健康診断の数値が高すぎたり、低すぎたりしても、本当にその人が不健康かを示す証拠はないのです。

■「異常な数値こそが正常」という可能性もある

日本で使われている様々な健康にまつわる数値は、こうした「平均値」を元に決められていることが多く、実はその信ぴょう性は必ずしも高くはありません。

それにもかかわらず、多くの医者や患者が検査データ至上主義になり、何かの基準値を超えると正常な範囲に戻すために薬を飲んだり、自分の病気を疑い不安がったりする傾向があります。それをいちいち病気として対処して、薬を飲んでいたらきりがありません。

和田秀樹『90歳の幸福論』(扶桑社)

また、人間誰しも、体が老化すれば不調が出てくるのは当然のこと。70〜90代の人であれば、見た目は健康であっても何かしら病気や不調を持っているものです。数値の異常があっても、みんな元気に生きているのです。

むしろ、その年齢まで元気に生きてきたのであれば、その人にとっては「異常な数値こそが正常」という可能性もあります。

数値と医学に明確な関係性がない以上、ご自身の調子がいいのなら、ちょっと基準値や正常値からはみ出したとしても、さほど気にする必要はありません。そこで薬などをむやみに飲むほうが、体調を崩すリスクを秘めています。

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和田 秀樹(わだ・ひでき)
精神科医
1960年、大阪市生まれ。精神科医。東京大学医学部卒。ルネクリニック東京院院長、一橋大学経済学部・東京医科歯科大学非常勤講師。2022年3月発売の『80歳の壁』が2022年トーハン・日販年間総合ベストセラー1位に。メルマガ 和田秀樹の「テレビでもラジオでも言えないわたしの本音」
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(精神科医 和田 秀樹)