三菱地所が福岡で"大型再開発"に挑むワケ

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保守的な社風で知られる三菱地所が、ついに攻めの姿勢を打ち出した。今年4月に就任した吉田淳一社長は、中期経営計画で「丸の内の大家」からの脱却を目指す。その象徴が福岡での大型再開発だ。三菱地所は本当に「三菱村」から出られるのか――。

■「脱・丸の内」へ本気で取り組む

5月11日、三菱地所の吉田淳一社長は2020年3月期を最終年度とする3カ年の新しい中期経営計画を発表した。最大のポイントは、ビジネスモデル革新のために1000億円という「全社横断」の投資枠を設けたことだ。

新しい中期計画では、前中期計画の成果を「利益」として刈り取るだけでなく、環境変化にあわせた「ビジネスモデル革新」という“二兎”を追う。目指すものは、既存事業の進化だけでなく、新規成長領域への進出だ。3カ年の投資総額は1兆3500億円(国内マンション分譲の7000億円を除く)。前中期計画の実績に3割積み増すもので、攻めの経営姿勢を鮮明にした。

投資面にも「脱・丸の内」は色濃く表れている。中核のビル事業の投資額は5000億円と全体の4割以下にとどめ、「海外事業」と「生活産業不動産事業」(商業施設や物流施設など)の合計は6000億円で、ビル事業を上回る投資を見込む。

中期計画で目標とした最終年度の営業利益は2200億円。このうちビル事業は1380億円で引き続き圧倒的な稼ぎ頭だ。しかし、海外事業で290億円、生活産業不動産事業で370億円と2つの事業への成長期待は高い。特に後者は17年3月期に比べ、営業利益で43%の増益を計画している。

すでに取り組みは始まっている。海外事業は6月26日、香港の投資銀行と合弁で、アジア・オセアニアでのオフィス、商業ビルに投資する不動産ファンドを設立すると発表した。日本の不動産大手によるアジア向けファンドは初めてで、国内ビル事業の成長が頭打ちとなりつつあるなか、投資先をアジアに広げて収益拡大を図る。

生活産業不動産事業は、5月半ば、「ロジクロス習志野」(千葉県習志野市)の建設に着手した。三菱地所が単独で開発する大型物流施設では4拠点目。竣工は2018年3月の予定だ。さらに5月31日には京都府城陽市でのアウトレットモールの開発計画を発表。開業すれば京都府初のプレミアム・アウトレットモール事業となる。開業は2023年度を予定している。

6月1日には、福岡市中央区で大型の再開発事業に着手している。これは昨年3月に営業を終えた商業施設「ホークスタウンモール」跡地の再開発で、「福岡ヤフオク!ドーム」に隣接する好立地だ。施設名は「マークイズ(MARK IS)ももち」。ライブハウスや映画館など150〜200のテナントが出店し、延べ床面積はホークスタウンの1.6倍の大型施設となる。開業予定は18年秋だ。また跡地には2棟の分譲タワーマンションも建設する。2棟ともに地上28階、地下1階建てで、総戸数は578戸。完成予定は19〜20年度となっている。

丸の内から遠く離れた福岡。しかも、ライバルの三井不動産に比べると、三菱地所は大型複合再開発の実績は少ない。なぜそこまでして投資を急ぐのか。それは、この再開発こそが、中期計画での「ビジネスモデル革新」の象徴だからだ。

■問われる吉田社長のリーダーシップ

中期計画の目玉である1000億円の投資枠は、M&A(企業の合併・買収)に加え、地方空港の運営委託(コンセッション事業)やカジノを主体とした総合型リゾート(IR)への投資も視野にある。その点、福岡はアジアからの玄関口として旺盛なインバウンド需要が見込める土地であり、さらに福岡空港は19年度に民営化の予定で、同社は入札へも意欲を示している。運営委託も期待できる。同社は既に福岡市の繁華街・天神で大型商業施設「イムズ」を運営しており、福岡圏全体での事業展開を狙っている。

これまで三菱地所の事業基盤は、丸の内周辺に保有するビル群からの賃料収入だった。その入居企業の多くは三菱系で、丸の内は「三菱村」とも呼ばれる。しかし、そこに安住するだけでは成長は望めない。吉田社長は、少子高齢化の進展など経済環境の大きな変化が「新たな価値観を生む」とし、「従来と違った事業モデルの構築が必要」と強い意欲をみせる。今年4月、新規事業を開発する「新事業創造部」を社長直轄としたのもその意思表示だ。

ただし、全方位で進める攻めの事業展開にはリスクもある。現在、都心のオフィスビルは建設ラッシュで、18年以降には大量供給が見込まれている。2020年の東京五輪の後には景気の落ち込みも懸念される。投資家のなかには「丸の内の大家」として安定した収益と手厚い還元を望む声も根強い。いったん勢いがついた振り子を止めるのは容易でない。「時代の変化を先取りして価値創出の新たなステージへ」。中期計画の表紙にはそうある。歴史的なビジネスモデル改革は、すでに始まっている。もう後戻りはできない。10年後、「丸の内の大家」の名は残っているだろうか。

(経済ジャーナリスト 水月 仁史)