スポニチ

写真拡大

 J3福島のFW三浦知良(59)がACミランの元主将で元イタリア代表DFのフランコ・バレージ氏の死去を受け、哀悼のコメントを寄せた。カズはジェノア時代の94年9月4日、開幕戦となったACミラン戦でバレージさんと接触し、鼻骨骨折を負った。今も語り継がれるカズのセリエAデビュー戦だ。以来、二人は親交を深めてきた。

 以下はカズの追悼コメント全文。

 

 具合がよろしくないとニュースで耳にしていたのですが、まさか命に関わる病状だとは思いもしませんでした。ショックです。

 自分がジェノアでセリエAに挑んだもっと前から、当代におけるディフェンダーの象徴だったのがバレージさんでした。ACミランがゾーンプレスで一世を風靡(ふうび)し、世界のトップ・オブ・トップに君臨していた時代の偉大なキャプテン。「リベロ」という言葉はバレージさんのためにありました。

 イタリアの雑誌上で対談もしましたし、僕がセリエAを離れてからも、ことあるごとに声をかけてくれました。ACミランのOBとともに、東日本大震災で打ちひしがれた日本を励ましにきてくれたチャリティーマッチ。イタリア代表OBを引き連れて戦ってくれた国立競技場でのレジェンドマッチ。来日のたびに「カズ」と旧交を温めてくれました。自著を出版された際には「日本のみんなにも読んでほしいから」と、両手に余るほどの冊子を大盤振る舞いしてくれて。

 僕がセリエAでデビューした記念すべき試合で、ケガすることになった接触プレーの相手がバレージさんだったのも、不思議な縁でしょうか。ケガの相手が、あのバレージさんでよかった。名誉の負傷だ、と誇りたいくらいです。

 当然、また会えると思っていました。国立での再会が最後になるなんて、心残りでなりません。心からご冥福をお祈りいたします。

 それでも、この先もなお心の中にバレージさんをとどめ続けます。ピッチでは厳しい表情でディフェンスを率いながら、戦いを離れれば温厚で優しい笑顔を絶やさなかった、永遠のリベロとして。