追浜工場に残された道は日産ではなくトヨタ…初期投資を100分の1に抑える「トヨタの知恵」という"逆転の奇策"
※本稿は、近岡裕『日産 最後のサバイバルプラン』(日経BP)の一部を再編集したものです。

■追浜工場でトヨタ車を造ればいい
2025年7月、日産自動車は追浜工場における車両生産を2027年度末に終了すると発表した。同工場の車両生産を日産自動車九州(九州工場)に移管する。追浜工場と同地区にある総合研究所や追浜試験場「GRANDRIVE」、衝突試験場、追浜専用埠頭などは残して事業を続けるものの、心臓部である車両組み立て工場をなくすという決定である。
稼働率が低迷していた追浜工場は、かねて閉鎖の噂が絶えなかった。それでも日産自動車の中で重要な工場と位置づけられ、世間の噂をはねつけてきた。だが、経営不振が極まった今、ついに厳しい決断を余儀なくされたというわけだ。
この移管により、日産自動車は九州工場の稼働率を100%に高め、生産コストの15%削減を目指すという。
「追浜工場でトヨタ車を造るというのはどうだろうか?」――。
日産自動車の業績回復に寄与しつつ、追浜工場が持つ潜在的な生産能力を有効に生かせる方法はないだろうかと筆者が考えて、たどり着いた案がこれだ。このアイデアが頭に浮かんだ時、筆者はさすがに妄想に近い考えで、披露すれば自動車業界関係者や自動車系アナリストらから一笑に付されると思った。
■年間24万台の生産能力を捨てるのは惜しい
ところが、ばかにされるのを覚悟の上で、自動車分野のアナリストから経営コンサルタント、自動車メーカーOB、そして日産自動車系列の部品メーカーの経営陣にまでこの案をぶつけてみたところ、意外なことに全員が「その可能性はあると思う」という反応を示した。
荒唐無稽な話と一刀両断する人は1人もいなかったことに、逆に驚いた。筆者がこう考えたのは、車両組み立て工場である追浜工場の価値が非常に高いと評価しているからだ。日産自動車の関係者はもちろんだが、日本の自動車業界や製造業に従事する人も閉鎖するのは惜しいと感じるはずだ。
追浜工場は年間24万台の生産能力を誇る生産設備を持ち、何よりクルマづくりの技術とノウハウを備えた人材を確保している。関東圏を中心に強固なサプライチェーン(供給網)が構築されており、同工場は60年を優に超える稼働実績を誇っている。
おまけに専用埠頭まであり、そこから船便での輸出も可能だ。工場で完成したクルマを直接船に積めば、港まで陸送する他の工場と違って輸送のムダを省けるなど地の利もある。事実、追浜工場は日産自動車のクルマづくりの「魂」と言ってよい存在だ。
■毎日赤字を垂れ流している状態だった
1961年に操業を開始し、「ブルーバード」や「キューブ」といった人気のエンジン車のほか、電気自動車(EV)「リーフ」やハイブリッドシステム「e-POWER」を搭載したハイブリッド車「ノート」などの生産を立ち上げた。
1つの生産ラインで複数の車種を組み立てられる「混流生産」や、自動化率を高めて無人化や省人化を進めるロボットの導入にも率先して取り組んできた。2025年までの累計販売台数は1780万台以上。海外工場を支援する「マザー工場」としての役割も担ってきた。
ところが、2025年7月時点の稼働率は「46%」(米調査会社S&P Global Mobility調べ)と低迷している。稼働率は8割を超えないと営業利益が出ないと言われる。毎日赤字を垂れ流しているような中で、日産自動車としては苦渋の決断を下さなければならなかったということだろう。
たとえ日産車を造らなくなっても、日本の自動車業界にとって貴重な生産拠点を有効活用しない手はない。可能性があるとすれば、世界販売台数を伸ばし続けているトヨタ自動車ではないか。
一部報道で海外メーカーとの共同生産や合弁会社の設立に向けた協議を行っているという真偽不明の情報が流れたが、日産自動車はその内容を明確に否定している。
■従業員の雇用を守ることもできる
日本の雇用の維持や経済安全保障の観点からも、組む相手は日本の自動車メーカーのほうが望ましいだろう。それなら、日産自動車が追浜工場でトヨタ車を生産するビジネスを手掛けてはどうかという提案だ。

日産自動車がトヨタ車を生産すれば、日産自動車は従業員の雇用を維持できる。車体に付くブランドマークは変わるが、これまで培ってきたクルマづくりのスキルをそのまま生かして仕事を続けられるのだから、やりがいの面でも悪くないだろう。住み慣れた場所から離れずに済むため、従業員はQOL(生活の質)も維持できるはずだ。
日産自動車は追浜工場の従業員に対し、九州工場に転籍する場合、給与の何年か分の補償金を支給する提案を行っているという報道が2025年の年末に流れた。九州工場との給与水準の差を補うための措置のようだが、これは逆に、そこまで手当てしないと転籍したがらない従業員が多いということではないか。

トヨタ自動車からの受託生産という形になるため、日産車を造るほどではないにせよ、ある程度の利益率は確保できる。いや、日産車よりもトヨタ車の販売のほうがはるかに好調であることを踏まえると、安定した生産台数を維持できて利益は増える可能性が高いのではないか。稼働率80%以上を安定してキープできるなら、固定費を賄う心配をせずにしっかりと利益を稼げるはずだ。
■自慢の技術力が低下している日産自動車
ものづくりの力、すなわち生産技術の面でも、日産自動車は実力を高められる可能性がある。もちろん、日産自動車は申し分ない品質のクルマを造れる生産技術力を現時点で備えている。ただし、世界トップレベルの生産技術力を持つと評価されているトヨタ自動車と比べると、コスト面をはじめ、その実力には開きがあるように見受けられる。
仮に追浜工場でトヨタ車を生産することになれば、既存の生産ラインや設備をそのまま流用するわけにはいかない。生産するトヨタ車に向けた生産ラインの変更や設備の改造、各種の調整などが必要になり、トヨタ自動車から生産技術に関する指導を受ける必要があるだろう。
そうなれば、日産自動車としては自社の生産技術力を磨く好機となる。というのも、これまで財務体質を良くしようとリストラを重ねる中で、日産自動車の生産技術の実力が徐々に低下している可能性があるからだ。
それを指摘するのが、原価低減の専門家であるVPM技術研究所所長の佐藤嘉彦氏だ。同氏は、いすゞ自動車の生産技術部門出身で、現役の時から国内外の自動車工場を数多く視察してきた経験を持つコンサルタントである。
2020年ごろに追浜工場を訪れた佐藤氏は、車両組み立てラインを見てこう疑問に感じたという。「これでトヨタ自動車に勝とうとしているのか?」と。
■トヨタなら100分の1の価格でできるのに…
追浜工場には豪華な自動化ラインが組まれていた。数千万円もする搬送装置を組み込むなど、高額設備のオンパレードだったという。ところが、佐藤氏はその搬送装置に対し、「トヨタ自動車なら数十万円でできるだろう」と見た。「からくり」で十分対応できると感じたからだ。
からくりとは、電気や空気圧、油圧などを使わずに、重力や太陽光などを活用し、ばねやてこ、滑車などを利用して簡素な仕組みで動作する仕掛けのこと。手作りのケースが多く、導入費用を軽減できる上に、エネルギー代も浮かせる利点がある。トヨタ自動車もいすゞ自動車も、からくりの利用に長(た)けている。
こうしたからくりをもっと積極的に導入すれば、日産自動車は製造コストを劇的に削減できると佐藤氏は指摘するのだ。ところが、日産自動車は「からくりの名の下に、コンピューター制御の自動化システムを導入していた」(佐藤氏)という。

決して、先端の自動化設備を否定しているのではない。そもそもトヨタ自動車も先端の自動化設備を積極的に導入している。だが、その一方で、からくりも徹底活用する。つまり、自動化設備とからくりを「適材適所」で使い分け、トータルでコスト競争力を追求しているのである。
■いまだに変わっていない日産
先端の自動化設備の開発と導入に資金を投じる一方で、からくりで初期投資とランニングコスト、保守費用を浮かす。佐藤氏は「ここに収益力の差の一端が表れている」と指摘する。筆者はかねて日産自動車の特集に関する取材で部品メーカーを取材したことがある。

両社の比較ができるように、日産自動車とトヨタ自動車の両方と取引する企業を取材先に選んだ。そこで複数の部品メーカーから聞いたのが、両社における加工工数の差だった。部品メーカーが生産ラインを見せると、「トヨタからは『ここをこう変えたら、もっと安くできる』といったアドバイスをもらえる。それに従うと、確かに加工工数が減り、コストを削減できる」というのだ。
一方で、日産自動車からは「特に指摘を受けたことはない」とのことだった。機能や形状、大きさが似たような部品を造っているにもかかわらず、日産自動車はより多くの加工工数をかけているという指摘が部品メーカーの現場から上がっていたのである。2025年に改めて部品メーカーに確認したところ、状況は「今も変わっていない」という。
日産自動車は自動車業界における今後の厳しい競争を戦い抜くためにも、生産技術の実力を再検証し、トヨタ自動車との差がなぜ付いたのか、どのようにしたら追い付けるのかを必死になって追究しなければならない。そのためにも、トヨタ車の受託生産は一考の余地があるのではないだろうか。

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近岡 裕(ちかおか・ゆたか)
日経クロステック編集委員
1995年3月早稲田大学理工学部機械工学科卒業、1997年3月早稲田大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程修了。同年4月日経BP社入社。日経メカニカル編集、2004年日経ものづくり編集、2014年日経ものづくり副編集長、2018年日経クロステック副編集長などを経て、2021年より日経クロステック編集委員。入社以来、29年間一貫して日本の製造業を強化するための記事を執筆し続けている。日経クロステックおよび日本経済新聞電子版で高ランキング記事を多数執筆。著書に『検証トヨタグループ不正問題技術者主導の悲劇と再生の条件』『技術者天国日亜化学工業、知られざる開発経営』(日経BP刊)がある。
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(日経クロステック編集委員 近岡 裕)
