この記事をまとめると

■「ハースト・ライトニングロッド」は3本レバー式のAT用シフターである

■各ギアのシフトアップ操作を物理的にレバーごとに分離した独創的な構造を採用した

■見た目のインパクトと操作性で人気を集めた

なぜATなのにレバーが3本?

 自動車の長い歴史のなかには、一見しただけでは「どうしてこうなった!? 」と頭を抱えたくなるような、奇妙なコンポーネントがいくつか存在します。今回ご紹介する「ハースト・ライトニングロッド(Hurst Lightning Rods)」も、間違いなくその筆頭に挙げられるシロモノでしょう。

 センターコンソールからニョキニョキと生えた、長さの異なる3本のレバー。黒いノブの先にはボタンが付いていて、初見の人はまず間違いなく「ここからミサイルでも撃てるのか? 」とか「ルパンみたいにボタンひとつでニトロが噴射するやつ」などとイメージをふくらませるかと。ですが、これはビックリドッキリメカでもなければ、飛び道具でもありません。

 1980年代にアメリカのハースト社が開発した、れっきとしたオートマチック車用のシフトレバーなのです。とはいえ、普通なら1本で済むはずのATセレクターを3本にわける必要があったのか。そこには、アメリカ人が愛してやまないモータースポーツ「ドラッグレース」の執念が隠されているのです。

 このライトニングロッド、基本は4速AT(オーバードライブ付)に対応したシステム。3本のレバーにはそれぞれ役割が与えられており、手動でシフトアップしていく際の操作感覚はかなり独特とのこと。まず、一番左のメインレバーを「D(あるいはOD)」に入れます。この状態から真ん中と右側のレバーを手前に引くと、トランスミッションは「1速固定」の状態になります。

 ここから加速勝負のスタートとばかりに、エンジンの回転上昇に合わせて、まず「一番右のレバー」を前方へガツンと押し込みます。これで2速へシフトアップ。さらにタコメーターの針が跳ね上がったら、今度は「真ん中のレバー」を前に叩き込みます。これで3速へと繋がります。4速(OD)へ入れるときは、一番左のレバーを前に進める……といった具合に、ギヤを上げるたびに操作するレバーを右から左へと乗り換えていく構造になっているわけです。

ドラッグレース魂が生んだメカ

「なんて面倒くさいことを」と思うかもしれませんが、これこそが最大の狙い。1本のレバーで手動変速をしようとすると、興奮したドライバーが勢い余って1速から一気に3速へ飛ばしてしまったり、ニュートラルに放り込んでエンジンをブローさせたりしがち。

 そこで、レバーを物理的に「1速→2速用」「2速→3速用」と完全に独立させておけば、どれだけ力任せにレバーをブチ込んでも、絶対に目的のギヤの手前でピタッと決まるわけで、人間の操作ミスを物理的に「ゼロ」にするための、ロジカルで, 男気あふれる設計ということ。

 では、なぜこんな尖った装備が市販車に採用されたのでしょうか。そこには1980年代という、アメリカン・マッスルカーにとっての「暗黒期」の歴史が関係しています。1970年代のオイルショックや排ガス規制の直撃を受け、かつて7リッター超の巨大なV8で路面を震わせていたマッスルカーたちは、80年代に入ると牙を抜かれ、牙どころか爪まで丸くされて虫の息。

 そんな時代に、GMのブランド「オールズモビル」が、かつての黄金期を支えてくれたチューナー、ハースト社とふたたびタッグを組みました。1983年に15周年記念モデルとして発売された限定車がオールズモビル・カトラス・ハーストオールズ(Hurst/Olds)です。パワー競争ができないならば、せめてプロ用ドラッグレーサーのような熱いレーシングスピリットと、ドラッグレースのシフトワークをストリートへ、というコンセプト。

 この目論見は見た目のハッタリ度も手伝って大人気を博し、1983年には3001台が販売され、翌年は3500台が瞬時に売り切れたといいます。スタンダードなカトラスが年間数十万台も売れていたことを考えれば、じつにレアな限定モデルだったことがわかるはず。ちなみに、すべてのレバーを通常位置にしておけば、Dレンジ自動変速でジェントルに街乗りすることも可能という、アメリカンな実用性も兼ね備えていました。

 現代のパドルシフトや、シーケンシャルシフトに比べれば、効率の面で勝ち目はありません。が、センターコンソールにそびえ立つ3本の金属ロッドを掴み、エンジン音とともに1本ずつ叩き込んでいくあの高揚感は、間違いなく1980年代のアメリカにしか作れなかった「レガシー(遺産)」といえるでしょう。効率やスマートさだけがクルマの魅力ではないことを、この不器用で熱いレバーが教えてくれているような気がしてなりません。