アルゼンチン代表とマドリーのレジェンドが綴るスペインとアルゼンチンの違い「天使のようにプレーし、兵士のように戦う」「一試合の中で何度でも蘇る」【現地発】
ワールドカップの決勝とは、長い旅の終着港のようなものだ。互いに己を知り、目指すものを理解しているが、栄冠を手にできるのはただ一国のみである。
フットボールは単なる意見の表明にとどまらず、その国のアイデンティティの開示を迫ってくる。両代表による決勝戦はピッチ上だけでなく、私の内面での戦いでもある。
現代フットボールの潮流はフィジカル重視へと傾斜し、個の力やスペースの奪い合いが優先されがちだ。しかしスペインは、選手の価値を足元で測り、ボールの周りこそを最大の空間と捉え、全員が組織のために戦う。この信念こそが、巧みに試合を支配する原動力となっている。
40試合近くも無敗を誇り、天使のようにプレーし、兵士のように戦うチームであるにもかかわらず、スペインはなお低く見積もられている。デ・ラ・フエンテ監督は現在の主力の大半を率いてU-19やU-21の欧州選手権を制してきた。今回の決勝進出は決して偶然ではない。数々の積み重ねによるプロジェクトがもたらした、必然ともいえる結果なのだ。
このスペインを称賛すればするほど、なぜ自分がアルゼンチンのために苦悩し続けるのかを説明するのが難しくなる。言葉にするのは容易ではないが、フットボールがいかにして私たちの存在理由を突き動かすのかを紐解いてみたい。
アルゼンチン代表は、スポーツを生き様として表現してきたお国柄の産物だ。国内には1万2000を超える地域クラブが存在し、単なる交流の場を超えてスポーツ、とりわけフットボールを通じたコミュニティの形成に寄与している。人々はそこで、長年受け継がれてきたフットボールへの愛を学ぶ。
今日の代表選手たちはほぼ全員が欧州のトップクラブに所属しているが、彼らもまた幼少期にその原風景の中で育ち、勝利への道筋を見出す術を身につけてきた。そして、そこで育まれた情熱は、勝負どころで狂信的なまでの競争心へと姿を変えるのだ。展開が厳しくなったとき、フットボールは感情的な要素が支配し、選手はその対応に迫られる。そこでの諦めは裏切りと同義だ。
アルゼンチンは一試合の中で何度でも蘇る。劣勢に立たされようと、パフォーマンスが低調であろうと、国民の期待に背くことは決して許されない。フットボールはその国の個性と不可分であり、我々アルゼンチン人は自分たちの魂であるかのように戦い, 叫び、歌い、歓喜する。
両国はそれぞれ大一番を勝ち抜いてきた。スペインは準決勝でフランスを圧倒し、アルゼンチンは激闘の末にメッシとフットボールの親和性の力でイングランドに逆転勝ちを収めた。
スペインに50年暮らす私は、この決戦でどこに身を置くべきなのか。感謝の念は理性の範疇にあるが、フットボールは感情の領域に属する。スペインには私が大人になってからの人生すべてがある。家族、友人、職業、そして長年寄り添ってきたフットボール。しかしアルゼンチンは私の幼少期であり、最初のユニホームであり、原記憶そのものがある。
フットボールは一度誓った忠誠心を消してはくれないのだ。
文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳●下村正幸
【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79〜84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。
※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。
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