巨大アザラシの「ニール」、街中で人目気にせず大暴れ 人気の裏で将来に不安も 豪タスマニア

(CNN)オーストラリア南東部のタスマニア島で羽目を外して大騒ぎしていた巨大なミナミゾウアザラシの「ニール」が先週、ファンたちにひれを振ってあいさつすることもなく、いつも通り海へ戻っていった。
ニールはタスマニア州でも有数の知名度を誇る「セレブ」だ。州都ホバートに住むレベッカ・トムソンさんは先月、ニールがまたやって来たと聞いて海岸に駆けつけた。
するとニールは、1トンもある巨体でトムソンさんの後をついてきた。
「まるで巨大なナメクジが寄ってくる感じ」と、トムソンさんは笑う。安全な距離を保つように注意したと話し、「とても刺激的で興味深かったけれど、少しおじけづいたのも確か」と振り返る。
ミナミゾウアザラシは年に何回か、繁殖期や換毛期になると陸に上がってくる。普段は単独行動だが、陸上では集まって互いに交流する。人里離れた南極周辺の島に上陸することが多いのだが、ニールは毎回、タスマニア島で住民たちと遊び回っては騒ぎを起こしている。
ニールはトムソンさんの後について駐車場まで来ると、1台のバンを揺らし始めた。通行人から笑い声が上がるなか、不運なドライバーは必死でバンを取り返そうとしていた。ほかの動画にも、ニールが道路をふさいだり、標識に激突したり、民家の網戸越しにのぞき込んだり、大きな体で楽しげに三角コーンをつぶしたりする姿が映っている。(これまでに人間に脅威を及ぼしたことはない)
ニールがやって来るたびに人気は高まり、世界中に熱心なファンが増えて、テーマソングまで作られた。動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」のファンページではフォロワーが170万人を超え、動画に「ますます手に負えなくなってきた」と面白がるキャプションが躍る。
「ニールは地元保険会社の広告にも登場する。まさにカリスマ的存在になっている」と、トムソンさんは言う。
だが当局者らは、人気が集まりすぎてニール自身の安全が脅かされる恐れもあると懸念を示す。今後さらに体が大きくなり、ネットでの人気も急上昇すれば、問題はさらに深刻化しそうだ。
孤独なアザラシニールの物語は2020年、ホバートに程近いタスマニア南東沖で生まれたところから始まった。
誕生した場所自体が普通とは違った。豪シドニー海洋科学研究所で生態学を研究するホバート在住のクライブ・マクマホン氏によると、この周辺のミナミゾウアザラシはほとんどがホバートから南へ約1500キロ離れたマッコーリーという無人島で生まれ、繁殖期や出産時には同じ場所へ戻る。
だがニールの母親は若くて経験が浅く、マッコーリー島まで戻るのが間に合わなかったのかもしれない。出産が迫った時点で目の前にタスマニア島があり、そこでニールを産み落としたのだろう。
マクマホン氏によると、ゾウアザラシは生まれた場所に戻る習性がある。ニールはまさに教科書通りの行動をとっているわけだが、たまたまその場所が変わっていただけだという。
タスマニア天然資源環境省(NRE Tas)によると、過去40年間にタスマニア州で生まれ、無事に育ったミナミゾウアザラシはわずか数頭とみられる。現地にはミナミゾウアザラシを保護するための法律もある。島南岸の住民らは今、年に何度かニールと遭遇する。
アザラシの毛が表皮ごとはがれ落ちる12〜1月の換毛期、9〜11月の繁殖期、そしてまだ十分に解明されていない年半ばのなぞの上陸がある。
タスマニアの冬にあたる4〜8月の上陸では、ゾウアザラシが集まって交流し、特に幼い雄たちがじゃれ合いながら対戦を繰り広げる。ゾウアザラシは一夫多妻のハーレムを形成し、最も強い雄が数十頭から100頭の雌を独占する。この上陸期間は幼い雄にとって、「競い合うようになった時に求められる行動を習得する」機会となる。
しかし残念ながらホバートの住宅街には、胸を膨らませる威嚇行動やスパーリングの練習をする相手がいない。
「そんなわけで、かわいそうなニールは代わりに大きなポールや三角コーン、あるいは車など、ほかの色々な物を相手にじゃれている」と、マクマホン氏は説明する。
大人気に伴う大きな問題地元住民にとってニールはスターであり、州のマスコットであり、地元の厄介者でもあるが、だれもが熱心にニールを守ろうとしている。そう指摘するのは、ホバートを拠点に海と南極大陸の生態学を研究するソフィア・ボルズキー氏だ。
「みんなニールが大好きだ」と、同氏は言う。「街で住民をつかまえて尋ねれば、だれでもアザラシのニールを知っている」
ボルズキー氏は2021年、博士号取得に向けてゾウアザラシの研究を始めた。ちょうどニールが有名になり始めたころだ。研究テーマにニールが寄り添ってくれるように感じ、現地を訪れる時に年2回は会うようにしている。
「ニールに会うと胸が熱くなり、思わず語りかけてしまう。博士論文にも写真つきで名前を載せた。それが私にとって大事なことだったから」と、同氏は語る。
熱烈な人気の背景には、野生生物やその保護に対する住民の意識の高さもある。タスマニアには、世界でここにしかいない固有の生物も多い。オーストラリア沿岸部ではオットセイやヒョウアザラシなどをよく見かけるが、ニールの種類はめったにいないことも、人気を高める要因となっている。
だがニールが将来どうなるかは不透明だ。
ベストなシナリオとしては、最終的にマッコーリー島へたどり着いて群れを見つけ、ほかのアザラシとの間で繁殖の機会を得る可能性もあると、専門家らは言う。だがニールには仲間を見つけるすべがなく、追跡データを見てもそこまで南下した形跡がない。つまり、今後もタスマニアの海岸で生涯を送り、雌を探してアスファルトの道路や海岸をさまよい続ける可能性が高いということだ。
その結果、現地の街やニール自身にとって問題が起きるかもしれない。
NRE Tasの野生生物学者、サム・サルマン氏によると、当局は住民らにニールと距離を置き、手を出さないよう繰り返し呼び掛けているが、ニールが直近で上陸した先月には、その姿を見ようと数千人が押しかけた。
大勢の人が集まる状況は危険が大きく、NRE Tasは「大型の野生動物による小さな動きで深刻な被害が起きる恐れもある」と警告を発している。ニールが成長を続けるにつれて、このリスクは増すばかりだ。ミナミゾウアザラシは地球上のアザラシの中で最も大きく、体重約3.6トン、体長5メートルと、軽トラック並みの巨体に成長することもある。
サルマン氏は悲惨な例として、セイウチの「フレヤ」を挙げた。フレヤは2022年、ノルウェーのオスロフィヨルドで小型ボートに乗り込んでは日光浴をする姿がネット上で拡散した。当局はフレヤから距離をとるよう呼びかけたが、写真を撮ろうと泳いで危険な距離まで近寄ったり、物を投げつけたりする行為が相次いだため、人間の安全を脅かすとの理由で最終的に安楽死処分した。
当日の夜遅く、当局は港のボート上でフレヤを射殺した。これを受けてノルウェー政府や、フレヤを見つけて当局の警告を無視した見物人たちに対し、怒りの声が広がった。
サルマン氏は、安楽死という措置はNRE Tasの計画にないと強調した。だが人々は、自分たち自身とニールの安全確保に協力する必要がある。自撮りのために近づいたり、無理に交流を図ったりしてはいけない。豪公共放送ABCによると、NRE Tasはニールの上陸中、24時間態勢で警護する体制も導入した。
ニールに対する「非致死性管理」を求めるオンライン嘆願書には、6万人以上の署名が集まった。この中には、ニールが好んで過ごす区域に観光客や非居住者が立ち入らないようにするゾーン設定も含まれている。
それでもなお、ニールが今の3倍のサイズに成長し、三角コーンよりさらに大きい物もつぶせるようになった時に備える必要がある。
マクマホン氏は「地域社会として、私たちも順応していくしかない」と話している。「私たちがつくったインフラは、1000キロの動物に激突されて耐えるようには設計されていない。一部を見直す必要があるだろう」
