狩野英孝「なんとか家族でやってきました」東日本大震災で被災、直後に父が急死…神主と芸人“二足のわらじ”を決意した理由

お笑いタレントの狩野英孝が、実家の神社を継ぎ、芸人と神職の“二足のわらじ”を履く決意をした経緯について語った。
狩野は、7月10日放送の『徹子の部屋』(テレビ朝日系列)に初出演。現在は、宮城県で1500年以上続く「櫻田山神社」の39代目宮司と芸人という2つの顔を持つ狩野だが、若い頃は実家を継ぐことに反発、18歳で上京しお笑いの道へ進んだ。

芸人として順調に活動していた2011年、東日本大震災で実家が被災。「灯籠が倒れたり、鳥居が傾いたり、屋根が落ちてきたりとかっていうのがあって」と当時の上京を説明、「でもそれも家族、地域、氏子さんたちであったりとか、ファンの皆様の支えもあって、復興はできました」と振り返った。
黒柳が「でもその後、お父様が急死なさったんですって?」と尋ねると、狩野は「そうなんですよね、やっと地震乗り越えたと思ったら、脳梗塞で亡くなってしまって…」と当時60歳だった父が、ある日突然亡くなったことを明かした。

そして「脳梗塞って本当に急なんで、全くこう、気持ちも準備できないまま。ちょっと…いや、だいぶ焦りましたけども。ただ神社のこともあるし、ずっとクヨクヨしてられないな、みたいな」と当時を思い返した。
「氏子さんたちからは、なんとか後継いでくれないかって…言われたわけじゃないんですけど、なんか願いは感じとって。で、今までずっと反発してやりたくない、俺はやりたくないって言ってたんですけど、そうは言ってられないな、と思って。狩野家で相談したら、うち弟もいるんですけど、弟も『兄ちゃん、僕一緒に取るよ』って言うから、2人で。で母親が長でいて…みたいな感じで、なんとか家族でやってましたね」と大きな決断に至った心境の変化について、真摯に説明した。

さらには「芸人やりながら神社やって。神社の時は、芸人やってる時の応援してくれてる方が来てくれて。で、地元で美味しいもの食べたりとか、そういうのも観光がてら来てくれて『あれだけ反対されてた芸人の仕事も、この神社のために生きてるな』と思うと、すべてがなんかこう…うまく物事が進んでるなって感じが」と現在の状況についても感謝の気持ちを滲ませた。
黒柳が「よかったですよね」と頷くと、「はい、めちゃくちゃよかったです。サンドウィッチマンさんも、もう僕が実家にいなくても、2人で参拝に行ったりだとか」と明かし、「うちの母親とお茶飲んでたりとか、ありましたね」と笑いを誘った。
(『徹子の部屋』より)
