「こんな家いるか!」45歳ひとり息子、撃沈…「父から相続した実家」がタダでも売れない現実
全国で増え続ける空き家問題。親から実家を相続しても、自分は都市部で暮らしており、住む予定もないというケースは珍しくありません。ところが、手放そうにも売れず、維持費だけが積み上がる現実があります。誰も住まない家が人生を縛る――そんな社会課題に直面した一人の男性の事例を通して、地方の空き家相続がもたらす見えにくい負担をみていきます。
売れない実家
「相続なんてするんじゃなかった……」
東京都内のIT企業に勤める中村健一さん(45歳・仮名)。中村さんは妻と中学生の長男、小学生の長女との4人暮らし。世帯年収は約980万円。都内近郊に購入したマンションの住宅ローン残高は2,400万円あります。
問題が起きたのは3年前でした。新潟県の山間部で一人暮らしをしていた父親が亡くなったのです。母親はすでに他界し、きょうだいもいません。実家は築48年の木造住宅。土地は約180坪で、小さな畑もあります。父親の仏壇も残っていました。思い出の品も多く、すぐに手放す気にはなれませんでした。
しかし、相続から半年ほど経つと状況が変わります。空き家のまま放置できないことがわかってきたのです。庭の草は伸び放題になり、近所から管理を心配する連絡も入るようになりました。東京から通う負担も想像以上でした。
「これは自分一人では維持できないなと思ったんです」
そこで中村さんは売却を検討し始めました。しかし相続登記を済ませたあと、不動産会社数社に相談したものの反応はいまいちでした。
「正直、買い手はかなり厳しいです」
査定額は50万円。いや、正確には「その金額で売れればいいほう」という説明だったといいます。近隣では空き家が増え続けていました。
総務省の住宅・土地統計調査によると、全国の空き家数は過去最多を更新しています。特に地方部では人口減少が進み、住宅そのものの需要が消えつつあります。
中村さんの実家周辺も例外ではありませんでした。若い世代は都市部へ流出。高齢者ばかりが残る地域です。買い手候補は現れませんでした。
「安くすれば売れると思っていました。でも違ったんです。タダでも欲しい人がいないんですよ」
それでも固定資産税の納税通知書は毎年届きます。「年間4万8,000円」。金額だけ見れば大きくないかもしれません。しかし負担はそれだけではありませんでした。
毎年50万円が消える
売れない以上、持ち続けるしかありません。
問題はここからでした。固定資産税は年間4万8,000円。数字だけを見ると大きな負担には見えません。しかし、本当に重かったのは別の費用でした。春から秋にかけて草刈りが必要になります。当初は自分で対応していました。
2カ月に1回、新潟へ向かいます。東京駅から新幹線を利用し、現地ではレンタカー。交通費は1回あたり約3万円。年6回で18万円です。
さらに庭木の剪定を業者へ依頼した年は8万円。雪で壊れた雨どいの修理に16万円。外壁の一部補修に11万円。不用品の処分費用として12万円――気付けば年間支出は50万円を超えていました。
「住んでもいない家に毎年50万円ですよ」
中村さんは苦笑します。しかも、それはお金だけの問題ではありません。休日が消えていったのです。土曜日の朝5時に家を出る。現地で草刈りや換気、清掃を行う。帰宅する頃には夜です。こうして一日が終わります。
土日の休みには、家庭の用事もあります。長男の部活動の試合。娘の発表会――そのたびに実家の管理が立ちはだかりました。「また新潟なの?」と、妻からチクリと言われることも増えました。中村さん自身も反論できません。家を放置するわけにはいきません。
実家の解体も検討しました。しかし見積額は約320万円。解体したからといって土地が売れる保証はありません。むしろ管理は続きます。雑草も生えます。固定資産税も発生します。不動産会社からはこんな説明も受けました。
「更地になっても需要は変わらないと思います」
中村さんは言います。
「父を恨んでいるわけじゃないんです。ただ、必ずしも『家』は資産にならないんだなと……身に染みて実感しているわけです」
今年のゴールデンウィークも家族旅行はありませんでした。恒例となった実家の片付けです。いっそのこと「家族旅行は新潟の実家へ」と提案したこともありますが、周囲に何もないところです。家族全員からNOを突き付けられました。納屋には父親が残した農機具や生活用品が山積みになっています。処分見積もりは約40万円。手を付けても終わりが見えません。
夕方、誰もいない居間で一人座っていたとき、中村さんはふと思いました。
「自分が今死んだら、この家は誰が引き受けるんだろう」

