日本の「撮り鉄」はなぜ嫌われるのか 地域住民と共生する「ヨーロッパの鉄道ファン」と比較する
線路脇に三脚を立て、通過する列車を待ち構える――。鉄道ファンの中でも、写真撮影を主な目的とする「撮り鉄」は、日本ではしばしば社会問題として報じられる。一方、ヨーロッパにも「鉄オタ」は存在するが、日本ほど激しいバッシングの対象にはなっていない。
なぜ日本では「迷惑な撮り鉄」が問題になる一方、ヨーロッパでは鉄道文化の担い手として受け入れられているのか。
世界約30カ国で鉄道を撮影し、留学先にヨーロッパ各国の鉄道が乗り入れるオーストリアを選ぶほどの撮り鉄を自負する李白さん(Xアカウント名、30代)は、こう分析する。
「背景には鉄道そのものの位置づけや、鉄道写真に対する考え方の違いがあります」
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「今しか撮れない」が競争を生む日本
李白さんによると、日本の撮り鉄文化は世界的に見てもかなり特殊な部類に位置づけられるという。

新型車両のデビューや引退列車の運行日には、沿線に数百人規模のファンが集まることも珍しくない。人気車両の「ラストラン」ともなれば、線路内や私有地への立ち入りの他、駅員への暴言などが問題視され、ニュースになることも珍しくない。
その背景には、日本の鉄道会社による「イベント性」重視の姿勢がある。
「日本では鉄道会社によって、期間限定列車や特別塗装、ヘッドマーク付き列車など、『今しか撮れない』ものが次々に登場します。これがファンに“撮り逃せば二度と撮れない”という焦りを生じさせ、競争の過熱を生み出しているんです」
近年はSNSがその傾向に拍車をかけている。
「昔は雑誌投稿や写真展が発表の場でしたが、今はSNSです。珍しい列車を他人より早く撮った人が注目される時代になりました。撮影そのものよりも『誰よりも先にネタを押さえること』に価値が置かれるようになってきたんです」
「編成写真」という日本独自の美学
日本の撮り鉄文化を語る上で欠かせないのが「編成写真」だ。これは、走行する列車全体を写した写真のことを指す。
日本の鉄道は世界でも例を見ないほどダイヤが正確で、列車の通過時刻を予測しやすい。撮影者は天候や光の当たり具合、背景まで計算しながらシャッターを切る。
「車両全体を美しく見せるために、障害物や影を避け、背景も乱雑なものを隠して撮影します。誰が最も完成度の高い写真を撮れるかを競う文化が発達しました」
李白さんの解説が熱を帯びる。
「太陽光線が車両に対して正しい角度で当たっているか。車両の側面と前面の写る比率が理想とされる7対3の『シチサン』になっているか……」
こうした美学が生まれた背景には、日本の鉄道路線の多くが市街地を走るという事情もあるという。
住宅や電柱、看板などが密集する環境では、周囲の雑多な情報を排除し、車両そのものを主役にする必要がある。いきおい、そのためのノウハウが発達しやすい。
他方、狭い国土では好条件を満たす撮影地が限られ、一箇所に撮り鉄が集中してしまう問題につながる。
「日本の鉄道写真は記録というより、一種の芸術作品として独自の進化を遂げ、もはや競技の様相を呈しています」
ヨーロッパでは「列車より風景」が主役
一方、ヨーロッパでは事情が大きく異なる。
ドイツやイギリス、フランスなどにも熱心な鉄道ファンは多いが、日本のように編成写真を追求する人は少ない。
「列車だけでなく、風景も含めて作品にしようという考え方が強いからです」と李白さん。
市街地を少し離れれば牧草地や農地が広がり、列車そのものだけでなく周囲の景観にも大きな価値があるのがヨーロッパの魅力だという。
「地中海沿岸には明るい海辺の風景があり、北欧には雄大な山岳地帯があります。中欧では菜の花やひまわり畑の中を列車が走り、オーストリアやスイスではアルプスを背景に撮影できます。さらに東欧には時が止まったような牧歌的な風景も残っています」
だからこそ、わざわざ列車だけを撮るよりも、列車が風景の一部になるような構成が好まれるのだという。
「鉄道文化を支える側」という意識
もう一つ李白さんが挙げる違いが、鉄道保存文化の存在だ。
英国では保存鉄道が観光資源として成立し、多くの鉄道ファンがボランティアとして運営を支えている。ドイツや東欧諸国でも、保存団体が蒸気機関車や旧型車両を維持し、撮影イベントを企画するケースは珍しくない。
「ヨーロッパではファンがお金や労力を出して保存活動に関わることが多いです。単なる利用者というより、鉄道文化を支える側という意識が根付いています」
ヨーロッパでも、若者がインスタに投稿しようと線路内に入ったり、牧草地などの私有地への度重なる無断侵入によって立ち入り禁止の看板が設置されたりするなど、撮り鉄によるトラブルは存在する。
だが、鉄道会社や保存団体とファンとの距離が近いため、日本ほど「撮り鉄=迷惑集団」というイメージが定着していないのだ。
旧共産圏ならではの「撮影への警戒」
ヨーロッパならではの事情として、撮り鉄による迷惑行為よりも、鉄道を撮影する行為そのものに警戒されることがあるという。
李白さん自身、こんな恐怖体験をしたという。スロバキアの地方駅で駅舎を撮影していた際、ある老人から「スパイか?」「警察を呼ぶぞ!」と詰め寄られたのだ。罵詈雑言を浴びせられることも一度や二度ではない。
「旧共産圏では、共産主義時代の監視社会の記憶を持つ高齢者も多く、インフラ撮影への警戒感が残っています」
さらにポーランドでは、ロシアによるウクライナ侵攻の影響を受けて重要インフラの撮影規制が強化された。
対象施設には撮影禁止の看板が掲示されることになっているが、そうではない場所でも鉄道警察による根拠のない鉄道ファン拘束事例が起きている。
これに対し、ポーランドの民間の鉄道保存団体が抗議声明を出す事態に発展している。
バルト3国では、ロシアとつながる列車があり、鉄道そのものの撮影が禁止されているケースもある。
ヨーロッパが常に撮影しやすい環境というわけではないのだ。
SNS時代の「撮り鉄のあり方」とは
それでも、日本ほど「撮り鉄=迷惑」というイメージにならないのはなぜか。
李白さんは「鉄道との向き合い方そのものが違う」とみる。
「日本は高品質な鉄道システムや希少な列車を追いかけることが重要視される傾向が強い。一方でヨーロッパは風景や歴史、保存活動も含めて鉄道を楽しむことが主眼という文化が根強い」
鉄道を愛する気持ちは変わらないのに、愛情の向け方が異なるというわけだ。
「バズる写真」が瞬時に拡散され、珍しい列車を撮影すれば数万件単位で「いいね」が付く時代。承認欲求と競争心理が、撮影行為をさらに過激にさせている。
日本の撮り鉄は、世界トップクラスの鉄道網が生んだ独自のサブカルチャーだ。しかし、李白さんはこう警鐘を鳴らす。
「鉄道会社や地域住民との関係が壊れてしまえば撮影場所や機会そのものが失われてしまいます」
「いい写真」を追い求めるだけでなく、鉄道文化をどう守るのか。SNS時代を迎えた日本の撮り鉄文化は、新たな模索を迫られている。
目黒龍(めぐろ・りゅう) ジャーナリスト
デイリー新潮編集部
