「令和ロマンの元担当」灘・東大卒のエリートが吉本興業を選んだ“意外な理由”「労働への嫌悪が…」
女子SPA!では、駒井さんに深掘りインタビューを実施。灘中高から東大に進学したエリート学生時代を経て、なぜ吉本興業に就職したのか? その半生について語ってもらいました。
――2025年7月よりフリーで活動中。肩書は「YouTuber」でよろしいのでしょうか?
喋ってなんぼ駒井さん(以下、駒井):はい。実はこれまで明言を避けていたんですけどね(笑)。フリーになってからは、動画の出演だけでなくライブ制作とか、あれもこれもやっていて……。
――お一人でお笑いライブに出られたりもしていたとか。
駒井:でも、芸人というほどでもなく。今の収入のほとんどはYouTube関連ですからね。この1年ずっと「YouTuber」を名乗ることがおこがましいような気がしていたのですが、そろそろ雷獣の一員という自覚は持つべきだな、と。この度、ようやく覚悟を決めました(笑)。
――雷獣は灘中高の卒業生によるYouTuberグループですが、駒井さんも同校の出身なのですよね。
駒井:そうです。僕は幼少期から、とにかく勉強ができたんですよ。でも、うちの両親はそんなに高学歴ではなく、むしろエリートからは縁遠い人たちなんです。ただ、子どもに対して“もの”を与えることが上手だったんでしょうね。僕が絵本や算数パズルのような、賢さに振ったものが好きだと気づいて、あえてそっちに寄せてくれたのだと思います。
◆「運動ダメなら勉強できないとヤバい」灘中受験の意外な動機
――駒井さん自身の興味が勉強方面に向いていたわけですね。
駒井:幼稚園は奈良カトリック幼稚園という、モンテッソーリ教育(子どもの生きる力を見つめる教育)を推奨しているところに通っていました。小学校も奈良県内のけっこう頭の良いところだったのですが、なんとなく周りと比べても「俺、賢い可能性があるぞ」と、ぼんやり思いながら生きていましたね。
――その頃から灘中に行くことを意識していたのですか?
駒井:小学校2年生の時に公開学力テストを受けた時に、すごく点数が良かったので、そこから舵を切って灘中受験のための勉強を始めました。僕は壊滅的に運動ができなかったんです。小学生で運動ダメって、ちょっと立場がヤバいじゃないですか。だったら勉強ができないとあかんやろ、と。勉強は“しなくちゃいけなくなった”に近かったかもしれませんね。
――なるほど。自分の長所を勉強に全振りしたのですね。
駒井:とはいえ、勉強だけというわけではなかったんです。僕は小さい頃からお笑いが好きで、「M-1グランプリ」も見ていました。そのうち自分もやってみたくなって、小3で初めて漫才をしてみたら、身内にではありますが、めちゃめちゃウケたんです。人前で喋ることが好きで、コミュニケーションを取るのもわりと上手。これに勉強が加われば、運動を捨ててもクラス内での人権は保てると思いました(笑)。
◆灘から東大へ。「せっかくなら」で進学したエリート街道
――灘中に進学した後は、どんな学生生活だったのですか?
駒井:1、2年生の時は、本当に勉強だけしかしていなかったです。奈良県から兵庫県まで通っていたので、部活に夢中になることも、友達と遊ぶ機会もなかったですね。家の方面が一緒の子と行き帰りで喋ったりするくらいはありましたけど。

