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「個人の老後の備え」であるはずの公的年金。しかし、子ども世代がその年金を当然の生活資金として頼るケースも少なくありません。さらに、その依存が家族のバランスを崩壊させることも、決して珍しくないのです。

大企業を退職し、実家に戻ってきた三男

西村洋一さん(仮名・68歳)と妻の紀子さん(仮名・68歳)は、長年の会社員生活を終え、夫婦合わせて月31万円の年金を受け取りながら、安定した老後を送っていました。毎日朝早く起きて近所の河川敷をウォーキング。朝食をとったあとは、淹れたてのコーヒーを楽しみ、そのあとは夫婦共通の趣味であるガーデニング。お昼ご飯を食べたあとは、それぞれが思い思いに過ごす――そんな穏やかな毎日が定番。1年に何回かは、泊りがけの旅行に出かけるのも、楽しみのひとつでした。

そんな日々は、ある日突然、大きな波乱に見舞われることになります。きっかけは、三男の直紀さん(仮名・38歳)が、会社を辞めて実家に戻ってきたこと。直紀さんは、かつては大手企業でバリバリと働くビジネスマンでしたが、ある日突然「会社が合わない」と辞職。その後、「家賃がもったいないから」と実家で暮らすようになりました。

洋一さんと紀子さんは「大きな会社で疲れたのだろう。しばらくゆっくりと休むといい」と、温かく見守っていました。それから数ヵ月経つと、直紀さんは日中、定期的に外出するようになったため、「また仕事を始めたのだろう」と思っていたといいます。

「どんな仕事をしているのだろうとは思いましたが、しばらくは放っておいたんです。いずれ自分から話すだろうと」

しかし、現実は彼らの期待とはかけ離れていました。直紀さんは仕事で外出しているわけではなく、決まった時間に家を出た後は、ときにカフェやマンガ喫茶に入り浸ったり、友人と遊びに行ったり、パチンコを興じたり、その日その日を何となく過ごしているだけ。「何もせずに家にいると、親も不安に思うから」と、何とも間違えた方向で気遣いをしていたのでした。

西村さん夫婦はそんな直樹さんのことを怪しむこともあったそうです。

「お金を貸してと何度も言われたので。働いているなら給与くらいありますよね。でも『今は安月給だから』と――甘い親と言われても仕方がないですよね」

「赤い封筒」がもたらした衝撃と家族の崩壊

そんなある日のこと、直紀さん宛に日本年金機構から赤い封筒が届いていることを知った洋一さん。「何だろう?」と思いつつ、息子とはいえ他人の封書を勝手に開けるわけにはいきません。直紀さんの部屋の机に置いたあとも、「どこかで見たような……」と気になっていた洋一さんは、ネットで検索。「日本年金機構」「赤い封筒」と検索すると、衝撃的な事実に直面します。そしてその夜、家族団らんの時間は一転して大修羅場と化しました。

「直紀、お前、年金を滞納しているのか?」

冷静を装いながら明らかに怒っている洋一さん。その言い方が気に入らなかったのでしょうか、直紀さんも「それが何なんだよ、父さんには関係ないだろ」と言い放ちます。その態度がまた気に入らなかったのでしょう、洋一さんは「お前、働いているふりをしているだけだろ。働いていたら、あんなもの、届くわけないからな」と強めの語気で追い詰めます。さらに紀子さんも「いい年して、親を頼りにするなんてみっともない!」と畳みかけます。売り言葉に買い言葉、直紀さんは「親なんだから、子どもの面倒を見るのは当然だろ。親の年金を当てにして何が悪い!」と開き直ります。

国民年金保険料の未納が続くと、「国民年金未納保険料納付勧奨通知書(催告状)」が届きます。それでも未納が続くと、「特別催告状」が届くようになります。この催告状は封筒に入っており、最初は青、次に黄、そして赤(ピンク)と変化していきます。赤い封筒に入った「特別催告状」は、まさに赤信号。それでも未納が続くと、「最終催告状」、さらには「督促状」が届き、「指定された期日までに納付しないと、その分、延滞金が発生する」と警告されます。さらに無視すると最後通告である「差押予告通知書」が届き、以降は予告なしに差押えが実行されます。ちなみに2023年、最終催告状は17万6,779件に、さらに督促状は10万2,238件に送られ、最終的に3万0,789件が財産差押えとなりました。

直紀さん、働いておらず、保険料の納付が難しいのであれば「免除・納付猶予制度」を利用するのが正攻法。これは一定の要件を満たせば、保険料の納付が免除されたり、納付が猶予されたりする制度です。しかし、直紀さんはその存在すら知ろうとしなかったのかもしれません。

もし差押え、ということになると、未納している本人だけでなく、世帯主や配偶者など家族の財産も差押えの対象になります。西村さん夫婦にも影響があるかもしれないのです。

「甘いと言われても仕方がありません。自分たちの生活を守るためにも、息子の未納分は私たちが払いました」

しかし、一度入った家族の亀裂は、今のところ修復できずにいるといいます。

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