2019年・JFL時代の今治に加入したシーズンの駒野友一【写真:寺下友徳】

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【J番記者コラム】「なんら変わらない」裏で駒野に引退を決断させた出来事

 ヨーロッパをも驚かせた左脚の魔術師・中村俊輔、故・松田直樹の「3」を受け継いだ田中隼磨、隠れた名手として鳴らした二川孝広……。

 今年も日本代表経験者を含む多くの選手が現役を退くなか、職人サイドバック(SB)もスパイクを脱ぐ決断を下した。

 今季までJ3のFC今治でプレーした41歳のDF駒野友一がその人だ。日本代表としては2006年ドイツW杯、10年南アフリカW杯と2大会連続で出場するなど78試合に出場。00年にサンフレッチェ広島ユースからトップチームに昇格し、ジュビロ磐田、FC東京、アビスパ福岡、FC今治と渡り歩いたJリーグ22年間でJ1通算374試合19得点、J2通算150試合6得点、J3通算68試合1得点と輝かしい戦績を残した。

 そんな駒野が現役最後の地に選んだのが今治。では、彼は当時JFL所属だった2019年からの4年間で何を残したのだろうか。本人と周囲の証言から振り返りたい。(取材・文:寺下友徳)

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 11月13日、FC今治の2022年シーズンホーム最終戦となったAC長野パルセイロ戦(3-3)。プロ23年目、41歳となる駒野友一のパフォーマンスは、試合後に引退セレモニーを控えているにもかかわらず、本来のキャプテンであるMF楠美圭史から「個人的に巻いてもらおうと決めて」託されたキャプテンマーク以外は、これまでとなんら変わりなかった。

 住み慣れた右SBの位置で「彼の実力で勝ち取った」(橋川和晃監督)3試合連続の先発出場を果たすと、79分間にわたって的確なポジショニングとタイミングのいいオーバーラップ、「自分の武器にしていた」クロスで攻守に貢献。特に1-2のビハインドで迎えた後半2分、オーバーラップを仕掛けてきた長野の22歳・左SB杉井颯を1対1に持ち込んで止め、MFインディオに正確なパスを供給したシーンは正に「格の違い」を象徴させるものである。

 では、なぜ駒野は「なんら変わらない」のに引退の決断を下したのか。その理由は引退セレモニーを終えて記者会見に臨んだ駒野の口から明らかにされた。

「引退を決断したのは今週火曜日(11月8日)。ここ最近先発で使っていただいているなかで、すべて途中で脚がつっています。SBは90分間出続けることが使命だと思っているけど、その役割が果たせなくなってきていますし、SBのポジションは1つしかない。若手にポジションを譲ろうと思って決断しました」

 実は今季、部位は違うものの3回肉離れを起こしている駒野。「何も変わらない」の裏で状態は「今治に来てから毎年のように肉離れを起こしていた」4年間の中でも最悪に近いものだった。

 引退を決断した夜、2010年の南アフリカW杯で師弟関係にあった岡田武史会長にも電話連絡をした駒野。「今まで今治にいてくれてありがとう」と労いの言葉をもらったなか、両者の脳裏に去来したのはJFLからJ3を目指す闘いに挑んだ2019年当時だったに違いない。

背中で「プロのなんたるか」を示した今治での4年間

 2018年初冬、アビスパ福岡を契約満了となり、「サッカー選手としての終わりが近づくなかで、どのタイミングで引退するか」を真剣に考えるようになったタイミングで今治からのオファーが届いた駒野。「感謝の気持ちを忘れず、若手選手に技術面の指導をするようにしよう」と心に刻んで今治の地へ向かった。

 ボール回し1つをとっても「何よりも楽しいが、そこでも技術は発揮できるし、今の自分の実力を見てもらって、若手に影響を受けてもらうことを意識していた」彼の背中で、「プロのなんたるか」を示す姿勢は、今治の選手たちに有形無形の好影響を与えた。2019年、駒野自身も「今治の4年間で一番嬉しかった」J3昇格をともに成し遂げた楠美は言う。

「駒野さんの存在はこのクラブにとって何よりの財産。試合に出られない状況でも淡々と練習に取り組む姿を見て、日本のトップ選手はこういうものなんだと感じました」

 その姿勢は3年余りが経った今でも不変である。今季途中に清水エスパルスから期限付き移籍加入して12得点とブレイクしたFW千葉寛汰は、こんなエピソードを話してくれた。

「駒野さんから言われたことで一番覚えているのはクロスに対する入り方。『自分が蹴るタイミングで強くアクションしてほしい』と動き出しについてアドバイスを受けました」

 点を取れるオールラウンダーを目指す千葉にとって、「プレーの幅が広がった」今治での成長は駒野一の存在なくしてありえないものだった。

今治に「失敗を恐れずトライする」魂を残し、家族の元へ帰る

 しかしながら、そんな今治と駒野との幸せな4年間の一方で、長き単身赴任を強いられた彼の家族は寂しさを常に抱えていた。引退セレモニーで「パパは一番の憧れのサッカー選手」とお父さんへの手紙を読んだ小学生の長男は時に涙を拭いながら、こう訴えた。

「幼稚園生の時からパパと離れ離れで暮らすことは寂しかったです。パパと一緒にいっぱいサッカーしたい。旅行に行ったり、公園に行ったりしたいです」

 もう心配することはない。今治での駒野の勤めは終わった。だから私たちは長男の言葉を借りて、ともに感謝の言葉を込めて、日本屈指のSBを家族の元へ返したい。

「日本のために闘ってくれてありがとう。感動を与えてくれてありがとう」

 そして、来季から闘いの場は新たなサッカー専用スタジアム「里山スタジアム」へ。今季2位に勝ち点差7差の5位と奮闘した今治は「失敗を恐れずトライする」駒野の魂を引き継ぎ、2023年にJ3・4年目でのJ2初昇格を期す。(寺下友徳 / Terashita Tomonori)