夏の終わりに需要が増すのが昆虫の葬式だ。2019年に昆虫葬のプランを始めた「愛ペットセレモニー尼崎」の初年度の申込は約10件だったが、20年40件、21年約100件、今年はすでに120件。ジャーナリストで僧侶の鵜飼秀徳さんは「一見、過剰な弔いに思える昆虫葬ですが、そこには日本人の深淵な供養心がある」という――。
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※写真はイメージです - 写真=iStock.com/Sergio Yoneda

■「カブトムシが可哀想、ちゃんとお葬式をしてあげて」

特別に暑かった今年の夏も終わりに近づいてきた。この季節になると需要が増す、葬送サービスがある。昆虫の葬式だ。ひと夏で全うした、小さな命を弔いたいというニーズが高まりを見せ、「昆虫葬」なる業者が出現した。背景には核家族化や、マンション暮らし世帯が増えたことなどがある。一見、「過剰な弔い」とさえ思える昆虫葬。いや、そこには日本人の深淵(しんえん)な供養心があった。

関東のあるペット葬を請け負う業者の元に、祖父母と孫がカブトムシの死骸を持ってやってきた。そして、こう告げた。

「カブトムシを火葬して、お葬式をあげてもらえませんか」

話を聞けば、こういうことだ。

都会に住む孫が夏休み、田舎の祖父母の家で数日暮らすことになった。その間、手に入れたカブトムシが死んで、孫は祖父母にこう懇願したという。

「カブトムシが可哀想だからちゃんとお葬式をしてあげて」

孫には夏場しか会えない。可愛い孫の願いはなるべく叶えてあげたい。そうして、ペット葬業者に連絡してきたのだ。

ペットを飼育しない人から見れば、核家族化・少子高齢化に伴う、過剰なペット供養の一コマにも見えることだろう。現在、ペット葬はイヌやネコにとどまらず、あらゆる生きものが対象になっている。ハムスターなどの小動物、インコや文鳥などの鳥類、カエルやイモリなどの両生類、ヘビやカメなどの爬虫(はちゅう)類、金魚やアロワナなどの観賞魚……。現代日本では、これら人間以外の生き物すべての葬式が存在している。私の知人の寺でもペット葬は人間の葬式以上に盛況で、近年は爬虫類の葬儀が増えているという。

■昆虫葬のプランへの申込件数は当初の12倍に急成長

昆虫の弔いはその最たるもの。こうした、特殊なペット葬のニーズの高まりを受け、専門の葬儀社も出現してきている。

そのひとつ、「愛ペットセレモニー尼崎」(兵庫県尼崎市)は、2019年から昆虫葬のプランを始めた。初年は申込が10件ほどであったが、翌2020年は40件に増加。さらに2021年はおよそ100件、今年は既に120件ほどと需要が高まっている。

写真提供=アビーコム
愛ペットセレモニー尼崎の昆虫葬の様子 - 写真提供=アビーコム

増加の理由は複数ある。近年、マンション住まいが増えたことは最大の要因だ。つまり、小動物を埋葬する場所(自宅の庭など)がない。かつては、公園の片隅に埋めることも少なくなかったが、今では人目が憚られ、だからといってゴミに出すことには抵抗があるのだ。

欧米人の場合、小動物のペットが死んだ場合は合理性を優先し、躊躇なくゴミに出すことが多い。しかし、日本人の死生観は独特だ。誰しも、幼い頃、小動物の死に際して「墓」をつくり、手を合わせてきたではないか。仮にカブトムシやバッタなどの昆虫といえども、その死を無下にできないのが、われわれ日本人なのだ。

コロナ禍で在宅時間が増えた影響で、小動物や観賞魚を飼育する人が増えているという報告もある。昆虫葬は今後、ますます需要を伸ばしそうな勢いだ。

さて、同社では昆虫の遺骸を、持ち込みと郵送の両方で受け付けている。郵送の場合はまず、アマゾンやYahoo!ショッピングで「昆虫葬 郵送キットワイド」を購入する。キットには返送用の箱や防虫剤、乾燥剤、クッション剤などが入っている。

昆虫の遺骸を納めてポストに投函(とうかん)すると、同社の花壇に据え付けられた「昆虫天国」と呼ばれる昆虫専用の合祀(ごうし)墓に納められる。

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月に一度、僧侶を招いて「昆虫の墓」の前で供養する - 写真提供=アビーコム

■クワガタ、セミ、トンボ、バッタ、テントウムシ…

郵送での受付の場合、厚さ2.2センチ以下の昆虫(クワガタなど)であれば郵送料と埋葬、供養料込みで4950円。さらにサイズの大きい昆虫や、複数の昆虫を供養して欲しい場合は、7150円〜となっている。また、来園での受付なら、3300円だ(いずれも一匹あたり)。

「愛ペットセレモニー尼崎」のHPより

対象の昆虫はカブトムシ、クワガタ、セミ、トンボ、チョウ、テントウムシ、バッタ、カマキリなど、絶滅危惧種以外であれば大体は受け付けている。ほとんどは、カブトムシかクワガタだ。中には、ヘラクレスオオカブトなど全長20センチ近くにもなる外来の昆虫も、全国各地から持ち込まれるという。

むろん昆虫には骨格がないので、同社では火葬はしない。「墓」のカロートの底は土壌になっていて、自然に分解される仕組みだ。昆虫の墓前では月に一度、同社と協力関係にある僧侶が回向してくれるという。

運営会社のアビーコムの担当者は「子供が接する最初の命は昆虫が多い。飼育しても、いずれ死んでしまうが、その時に親がどう対応するかが情操教育の上で大切。昆虫葬を通じてぜひ、供養の心を学んでほしいと考え、この事業を始めた」と話す。

愛ペットグループの他にも、ネットで検索をかければ昆虫葬を手がける複数の業者がヒットする。首都圏で展開する別の業者の場合、「タランチュラ等のクモも独特の美しさから観賞用や可愛さからペットとされる方が増えており、様々なご相談を承っております」とし、費用は同社が手がける最安値の「ハムスター・小鳥・リスの引き取り合同埋葬プラン」と同等の価格設定で1万円となっている。

■費用0円…命の尊さを子供に知ってもらう社会貢献活動

また、深大寺動物霊園(東京都調布市)では毎週水曜日と日曜日に、予約制で昆虫葬を受け付けている。対象は高校生までの子供のみだ。

深大寺動物霊園では桐の棺に虫の遺骸を入れて、葬儀をした上で、翌日に火葬している。同霊園では「昆虫葬は『命の尊さ』をお子様に知っていただくための社会貢献活動として位置付けているので、費用は頂きません(お気持ちは賽銭箱にお納めください)」(ホームページより)としている。深大寺動物霊園は開園が1963(昭和37)年の、ペット葬業界ではパイオニア的存在だ。

そもそも、昆虫葬の歴史は古い。それが、虫塚と呼ばれる供養塔として各地に残っている。虫塚の源流を辿れば、9世紀の『古語拾遺』の記述がある。『古語拾遺』には害虫によって稲に被害が及んだので、男茎型のものを立てて害虫駆除したことが記されている。

東京都八王子市の廣園寺境内にある日本最古の虫塚(撮影=鵜飼秀徳)

現存する虫塚で最古のものは、東京都八王子市の臨済宗南禅寺派の廣園寺境内にあるものだ。廣園寺は1390(康応2)年に開山した古刹(こさつ)である。虫塚は創建当時に立てられたと伝えられている。

虫塚は金属製の柵で保護されており、高さ90cmほど。下部3分の1ほどが太くなったつくりで、まるでロケットのような形状をしている。

14世紀末のこと。田畑の収穫時期になると大量の虫がつき、生育の妨げになっていたという。村人たちはそれを憂い、なんとか被害を抑えたいと廣園寺住職に祈禱(きとう)を頼んだ。

住職が、「それは難儀。悪い虫を退治しよう」と祈禱を始めると害虫は、ことごとく死に絶えたという。しかし、害虫とて生きとし生ける存在。村人は後生を弔うために死骸を集めて廣園寺境内に埋葬した。そして、再び虫による被害がでないようにと石塚をつくって祈願したのだ。

また、ハチミツをつくるミツバチの虫塚(ミツバチへの感謝の碑)は各地にある。埼玉県深谷市の埼玉県農林公園にある「蜜蜂をたたえる碑」などに見ることができる。

この感謝碑は埼玉県養蜂協会によって同会の創立50周年を記念して立てられたものだ。石碑には、「蜜蜂は生命を育む」という題字とともに、こう書かれている。

蜂蜜は人類の歴史とともに歩んできました 山野の花木 草原の花 園芸農作物等の花 これらの花粉交配と共に 花蜜を集め蜂蜜を造り人類の繁栄に多大なる功績をしてきております 蜜蜂のもつ勤勉・団結・貯蓄の精神こそ私達の鑑とするところであります

■建築家の隈研吾氏が設計した「洗練された虫塚」

ミツバチ塚は福島県会津若松市や千葉県館山市、神奈川県厚木市、岐阜市、和歌山県海南市などでも見られる。

近年のユニークな虫塚の例としては、解剖学者の養老孟司氏が2015年に鎌倉の建長寺に建立した虫塚がある。これは日本一、洗練された虫塚かもしれない。設計は、建築家の隈研吾氏である。

虫塚はゾウムシの頭部を模った石像を中心に置き、周囲を金属製の虫かごが取り巻くモダンな意匠。金属部分には粘土が吹き付けられていて時の経過とともに苔が生していくという演出が込められている。

養老氏は虫塚建立記念法要の挨拶文でこのように述べている。

長年虫を標本にしてきましたので、その供養が第一です。解剖学教室に奉職している間も、毎年解剖体慰霊祭に参加してきましたので、慰霊の癖がついたのかもしれません。虫に霊や心があるかというご意見もあるかと思いますが、睡眠に関する遺伝子が見つかっているので、意識はあるのではないかと思います。

翻って、人間の弔いは簡素になるばかり。弔いの「原点」を、いつまでも大事にしたいものだ。

撮影=鵜飼秀徳
1854(嘉永7)年に建立された神奈川県三浦市の福泉寺にある「虫」と「魚」の墓 - 撮影=鵜飼秀徳

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鵜飼 秀徳(うかい・ひでのり)
浄土宗僧侶/ジャーナリスト
1974年生まれ。成城大学卒業。新聞記者、経済誌記者などを経て独立。「現代社会と宗教」をテーマに取材、発信を続ける。著書に『寺院消滅』(日経BP)、『仏教抹殺』(文春新書)近著に『仏教の大東亜戦争』(文春新書)、『お寺の日本地図 名刹古刹でめぐる47都道府県』(文春新書)。浄土宗正覚寺住職、大正大学招聘教授、佛教大学・東京農業大学非常勤講師、(一社)良いお寺研究会代表理事、(公財)全日本仏教会広報委員など。
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(浄土宗僧侶/ジャーナリスト 鵜飼 秀徳)