緊急事態宣言が解除されました。

 このままコロナウイルスが終息してくれることを期待しつつ、夏場から年末に向けての第二波を警戒するのは、我が国の医療システムを守り、大事な人たちの生命を危険に晒さないようにするための責務だと痛感します。

本当の意味で日本社会を担ってきた人たち

 一方で、感染症対策に伴う緊急事態宣言は大規模な休業を強い、飲食店、ライブハウスから農家・漁業など一次産業従事者まで多大な収益ロスを生むことになりました。ホワイトカラーのようにリモートワークで通勤から解放される人も出た一方、生活に必要な小売業、電力や鉄道、ガス、上下水道などインフラ事業に従事される方や、各種対応に追われる公務員の皆さん、そして何より感染症対策の最前線を担った医師、看護師など医療関係者の皆さんが感染の恐怖と隣り合わせで3か月を暮らしてきたことを思うと、本当の意味で日本社会を担ってきたのはこれらの現場を支えた人たちなのだと感謝の念を抱かずにはいられません。


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 それもこれも、政治的な理由で発令は遅れたものの安倍晋三政権が最終的に緊急事態宣言を出し、国民も強制ではない外出自粛「要請」に対して可能な限り協力し、マスクをしたり、手洗いうがいをする中できちんと耐えたことである程度感染拡大を防ぐことができたと言えます。なぜか安倍ちゃんの支持率はダダ下がりしていますが、これからポストコロナ、ニューノーマルの日本社会に向けてきちんとした経済の「出口戦略」を考えていく必要があります。支持はしませんが頑張っていっていただければと存じます。

医師・津川友介さんの予言がジャストミート

 で、国民が一丸となってようやく危機を脱したかなというところで、いまごろになって「緊急事態宣言は要らんかったんや」などと言い出す知識人が増えてきております。米UCLA助教授で医師の津川友介さんが緊急事態宣言発令直後に、そのまんまの予言をされているのですが、それがフルスイングでジャストミートした形になってます。

〈新型コロナ対策が奏功して感染者数、死亡者数を抑え込むことができたら、そこまで厳格に休業要請する必要なかったのではないかなどと言い出す人が出てくることを心配しています。抑え込みに失敗して感染爆発起こしたら失策だと責められ、成功してコントロールできてもそこまでやる必要なかったと責められる。他の国はもう少し政府やリーダーシップに対して支持的だと思うのですが〉

 振り返れば、日本人の特性として「自粛せえや」と言われれば、巷で自粛警察が自警団的に組成されてしまうほど同調圧力が強い一方、その音頭を取る政権は常に馬鹿にされ続けてきました。古くは阪神淡路大震災のときの村山富市さん、東日本大震災に伴う福島第一原発事故のときの菅直人さんのように、何故かうっかりさんが危機発生時にきちんと首相の座にあるというのが我が国の伝統芸能のようでございます。この日本政治特有の間の悪さは、安倍ちゃんお友達内閣が陣頭指揮を執り、その横で賭けマージャンが勃発してしまう宿命を呼び起こしたのでしょうか。

死者を少なく抑えられたのは結果論

 そして、コロナ対策の緊急事態宣言後も日本の感染症対策の緩さは常に危機感をもって報じられてきました。WHOテドロス事務局長の上級顧問で日医総研研究員の渋谷健司さんの指摘を代表として、日本の対策で本当にコロナ感染者数や死者数を抑え込めるのかは非常に疑問視されてきた経緯があります。そして、懸念を持たれるのは当然であって、日本が死者を少なく抑えられたのは結果論でもあり、日本だけが特殊だったというよりは、人口比で見れば東アジア・オセアニア諸国の中で日本は一番死者を出しています。それでも充分少ないのですが。

緊急事態宣言は1週間遅かった。なぜ専門家会議は「命」より「経済」を優先したのか?
https://bunshun.jp/articles/-/37087

 それでも、世界的に見て奇跡的に日本の対策が上手くいった理由は、早期から感染症対策のモデルを組み、検証を重ねてクラスター対策を行うというプロセスを提示した北海道大学教授・西浦博さんをはじめとした厚生労働省のクラスター対策班、データ対策を行った国立感染症研究所や、各都道府県・自治体の職員、さらには結核対策で我が国の感染症対策の最前線を担った保健所・保健師の皆さんといった関係者による、真の意味で司令塔と最前線とがうまく対策を合致させ、感染症が広がる拠点を追い、きめ細かく感染者を追い続けた体制があったからです。

歴史ある保健所と、企業のクラスター解析

 諸外国に真似ができない対策を日本が打てた理由は、長らく日本で猛威をふるい続け、命を奪ってきた結核対策を担ってきた津々浦々の保健所にありました。予算を削られながらも、機能として維持され続けてきた僥倖こそが、日本でコロナウイルス感染拡大を一定のところで防ぐことができた大きな理由であろうと考えられます。

政治と科学、責任を取るのはどちらか? NFIからの提言(3)政治家と科学者の役割と責任を再考する
https://jbpress.ismedia.jp/articles/-/60628

新型コロナ、日本独自戦略の背景に結核との闘い 対策の要「保健所」の歴史から見えるもの
https://www.47news.jp/4844929.html

 さらには、データサイエンスの観点から、アルベルト社という日本のデータ分析を主業とする企業が手弁当で感染症拡大を防ぐためのクラスター解析を担いました。携帯電話からの位置情報などを利用して500mメッシュ(四方)にどのくらい人が集まっているのか、その人たちはどこに向かい、どこで再集合するのかを予測して、文字通り感染の疑いのある人の行動を予測しながら、感染の疑いのある人がどのようなところで再感染させてしまうのかを機動的に確認する仕組みを構築して、個人情報を適法に扱いながら再感染の拡大を防いできました。

厚労省新型コロナクラスター対策班の分析支援を本格稼働 アルベルト #医薬通信社
https://iyakutsushinsha.com/2020/05/11/%e5%8e%9a%e5%8a%b4%e7%9c%81%e6%96%b0%e5%9e%8b%e3%82%b3%e3%83%ad%e3%83%8a%e3%82%af%e3%83%a9%e3%82%b9%e3%82%bf%e3%83%bc%e5%af%be%e7%ad%96%e7%8f%ad%e3%81%ae%e5%88%86%e6%9e%90%e6%94%af%e6%8f%b4%e3%82%92/

早期から行われた、日本医師会の医療崩壊対策

 また、現在多くの医療機関がコロナウイルスの影響で患者さんの受診数が減少し、診療報酬の低迷によって経営危機に瀕していますが、これらの医療機関に多くの人が集まり感染症のクラスター化するのを防がなければならないということで、医療機関に人が集まらないよう日本医師会自らが広報しました。

 緊急事態宣言が出される2週間前の3月25日には、日本医師会の横倉義武会長、釜萢敏常任理事が陣頭に立ってコロナ対策の必要性を訴えました。医療機関の足元で起きる医療崩壊を防ぎ、また感染症対策を進めるために危機感をもって身を切るような発言をしてきたわけです。もしも、医療機関が儲けのことだけを考えて対策を怠っていたならば、PCR検査を求める不安な国民で医療機関は溢れ返り、そこが感染クラスターと化して、いまごろは渋谷健司さんが論じていたように日本もニューヨーク州のような感染拡大の渦に陥っていたかもしれません。

 幸いにして、我が国はコロナウイルス感染における第一波をおそらく乗り越えることができました。しかしながら、冒頭に引用した津川友介さんの懸念が当たってしまい、いま「緊急事態宣言なんか要らんかったんや」という経済優先派による謎の言論が出始めております。

後講釈的な「緊急事態宣言の延長に対する反対論」

 もともと、コロナウイルスなどたいしたことないので自粛する必要もないという論旨の発言は堀江貴文さんや三浦瑠麗さんらが論陣を張っておりました。池田信夫さんや篠田英朗さん、永江一石さんらもさらに乗っかり、西浦博さんが警鐘を鳴らした感染症の数理モデルについてさしたる根拠もなく否定しにかかる、という図式です。

 元内閣官房参与で京都大学の藤井聡さんが、後講釈的な「緊急事態宣言の延長に対する反対論」をブチ上げ、それに対して感染症の専門家である岩田健太郎さんや仲田洋美さんをはじめネット上の医療クラスタの面々が再反論する図式になっています。

【藤井聡】【正式の回答を要請します】わたしは、西浦・尾身氏らによる「GW空けの緊急事態延長」支持は「大罪」であると考えます。
https://38news.jp/economy/15951

岩田健太郎医師「感染爆発を押さえた西浦博先生の『本当の貢献』とは」
https://www.kk-bestsellers.com/articles/-/517429/

 岩田健太郎さんと言えばダイヤモンド・プリンセス号に乗り込んでいって余計な混乱を起こした張本人として医療現場からはさして評判の良くない御仁ではあるのですが、本件に関しては正論中の正論であって、まさに緊急事態宣言の延長に対する是非が公的な感染症対策とはどうあるべきかの最前線になってしまっています。

 統計学的な見地で申し上げるならば、私自身も西浦博さんのような天才的な感染症数理モデルの構築者がクラスター対策班という司令塔にいなければ、日本で感染症対策は進まず、もっと多くの感染者を出し、医療は崩壊して多数の死者が出ていた怖れは捨てきれないと思っています。そのぐらい、感染者を追いかけてクラスターを潰していく方法が功を奏し、また、日本人も自粛についてきちんと対応して一丸となってコロナウイルス第一波を乗り越えたようであることは間違いないのです。

門外漢たちが集団免疫・BCGワクチンの効果を強調

 にもかかわらず、感染症数理モデルも理解できず、西浦博さんの論文(エッセイ)の中身も分かっていなさそうな門外漢である池田信夫さんが「日本人には集団免疫がある」「(結核に対するワクチンである)BCGワクチンがコロナウイルスに効いていたようだ」などと現段階ではエビデンスのない俗説を流し、新型コロナウイルスに対する過剰反応は望ましくないなどとする主張を繰り返しています。

 検証の結果、実はBCGワクチンが効いていた、という可能性は残されています。しかし、現段階で何の根拠もなく池田信夫さんが「BCGワクチンは効く」と主張している内容が当たっていたとしても、それは何の検証も行わず、発言の責任も取らない占いような外野の意見がたまたま当たったに過ぎません。

 もちろん、検証不能でも議論自体は必要なことです。経済をきちんと回しながら感染症対策も可能なニューノーマル、アフターコロナの社会を作っていくために必要な議論も含まれています。しかしながら、だからと言って、結果論や後講釈だけでなく、確証などどこにもない集団免疫やBCGワクチンの効果を強調してコロナに対する専門家や医療クラスタの血のにじむような努力を軽視する議論をするのは無闇な社会の分断を生み、無価値なだけでなく有害だとすら思います。

 東日本大震災後も、福島第一原発事故によって発生した放射性物質汚染の恐怖に駆られた国民を惑わす議論がおおいに盛り上がり、いまなお不安を煽る議論が多発しておりました。今回のコロナウイルスにおいても、池田信夫さんや藤井聡さんらのような根拠の乏しい批判が放置されるようであれば、9年前のあの大事故の教訓すら日本人は活かせていないことになります。せめて、コロナ後の経済をより良くすることの議論に集中してくれればいいと思うんですけどね。

これこそ日本が誇るべき頭脳

 最後に、蛇足になりますが3月3日の段階で西浦博先生のクラスター対策が功を奏すであろうと予測し、その天才性を指摘した、神戸大学・中澤港先生のエッセイをご覧ください。

 専門的な表現も多いので読み解きは大変かもしれませんが、「このことを対策班が強く言っていないように見えるのは,やったとしても成功するとは限らないので,失敗したときの反動が怖いからだろう。モデルは完璧では無いし,ヒトの行動も理屈に合わない場合も多々あるので,仮に失敗してもクラスター対策班への信頼は失わないで欲しい」とし、「クラスターの連鎖でR0(基本再生産数)が高まるからクラスター対策すればR0<1にできるかも,という可能性は2月15日に発表された論文で示され」「クラスターに共通する特徴を見つけてクラスター発生を予防するという発想」で日本モデルとまで言えそうな感染症対策に昇華させた西浦博先生の天才性を早期に予見しています。

鐵人三國志【第328回】 クラスター発生を予防できる可能性(2020年3月3日)
https://minato.sip21c.org/im3r/20200303.html

 これこそ、日本が誇るべき頭脳とそれをきちんと評価できる専門家ネットワークそのものであって、日本医師会の英断や結核対策として生き残ってきた保健所・保健師の仕組み、医療機関の頑張りが日本人の自粛をまともに守る気質とともに死亡者を減らすことのできた要因であろうと思うのです。

 少なくとも、感染症の分野はまともな学者さんや医療クラスタにきちんと専門性のある議論は任せ、経済的に負ったダメージを乗り越えるために私たちにいま何ができるのか考えていきたいものです。

(山本 一郎)